原作/RMR・ノベライズ/杉田純一・監督/古池真透 小説「装竜機ヴァイアトラス」 -
第一話 目覚める竜の力


登 場 人 物
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 アスト・レザ(16)      惑星調査隊にあこがれる少年
 リシア・フェイエル(17)   装竜機パイロットの少女
 ソロン・ウェバース(22)   装竜機隊のリーダー
 ロック・タイガ(21)     装竜機パイロット
 レナード・ナセア(21)    装竜機テストパイロット
 エシュ・アシャンティ(14)  装竜機パイロットの少女
 デュラン・タラス(16)    アストの親友
 ライナ・フォーリー(16)   アストの幼なじみ
 シルファ・サイク(28)    マギャリー戦略兵器開発部技術士官
 ガロア・ロウト(38)     マギャリー装竜機隊指揮官
 ウィラ・ウィンド(30)    ガロアの右腕
 ザナドリー・ワーズマン(42) 装竜機の運用責任者
 ドネリー・レザ(38)     アストの母
 バレス・レザ(34)      アストの父。故人。
 ブエラ・ネッセロ(49)    アルシアシティ暫定政府市長
 キュア・ミカヅチ(23)    アルシアシティ放送局キャスター

登 場 組 織など
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 惑星ラビリントゥス     人類が転移した惑星
 ブリトラン         ラビリントゥスの戦闘文明
 アルシアシティ       火星ドーム都市のひとつ
 マギャリー         火星駐屯軍(Mars Garysun)
 ISF           惑星間安全保障軍
 UPDO          国際惑星開発機構
 



プロローグ

 火星のドーム都市、アルシアシティは激震に襲われた。
「揺れてる!」
「地震だ!」
「なに、それ?」
 歴史資料館にいた人々は、未知の体験に一瞬心をおどらせた。が、揺れが長時間続き、壁やガラスにひびが入り始めた時、それが遊びの範疇に収まる事態ではないと悟った。
 『火星植民の歴史』の説明用パネルが壁から落ちる。展示されていた百年前の宇宙服が、子供を下敷きにして倒れた。人々は頭を抱えて床に伏せ、その上に、棚置きされていた資料が振り注ぐ。人々の悲鳴が交錯し、静かな資料館は阿鼻叫喚の地獄図と化していた。
「アスト、危ないよ」
 激震の中、アスト・レザは自分を呼ぶ声に気付いた。
 幼馴染みの少女、ライナが、腕で頭部をかばいながらアストを見上げている。
「何突っ立ってんだ、バカ」
 悪友のデュランが、彼を伏せさせようと腕を掴む。
 だが、アストは伏せなかった。わが身の危険を忘れるほど、惹きつけられるものがあった。それから目が離せなかった。
 ――あれは、なんだ?
 頭の片隅では、避難するべきだとわかっていた。だが、目が離せない。降りかかる粉塵も気にならない。立っていることが困難な揺れの中、アストは無意識にバランスをとる。
 資料室の壁一面を占める大ガラス。展望室として設計されたその場所からは、テラフォーミングを開始したばかりの、火星の赤い大地が見える。アストが見つめているのは、その大地に立つ巨大な生物。
「竜……」
 ライナやデュランには、見えていないようだった。が、それはいた。
 長い首をかかげ、顔をこちらに向けている。六角形の一つ目が、アストを見ている。頭部から背中に伸びる三本の触手は鞭のようにしなり、存在しない風にたなびいているよう。二本の後肢で大地を踏み、前傾姿勢ながら直立している。地面にとどきそうなほど長く大きな前肢と、体長の半分以上を占める尻尾が、バランスをとっているのだろう。
 黒光りする外殻はメタリックな質感で、生物というよりロボットのようにも見える。だが外殻の隙間、間接部からは赤い皮膜に覆われた筋肉らしきものが見えている。
 現存するどんな生き物とも違っている。太古の地球で栄えた巨大生物とも異なる。未だかつて見たこともない。けれど、竜としか呼べない生き物。
 その竜に、呼ばれたような気がした。アストは胸のペンダントを握りしめ、一歩を踏み出す。と、その瞬間。
 重力が喪失した。
「うわあああああ」
 誰かの悲鳴が聞こえた。人々の無数の悲鳴が、何重にも交錯する。
 何が起こったのか分からない。ただ、上下の感覚が喪失し、床を踏んでいながら、めちゃくちゃに振りまわされているように感じる。
 空間自体が捻じ曲がってしまったのか? 平らな床が水飴のように歪んで見える。両側の壁が覆い被さってくるように湾曲し、天井は水滴のように変形した。
 デュランやライナの姿も歪み、伸縮を繰り返す。アストの全身がねじれる。体の内側と外側が入れ代わったよう。痛みはない。が、嘔吐しそうなほど、気分が悪い。
 渦巻き、千変万化する光景の中、竜だけが元の姿を保っていた。周囲のものが歪み、流転するにもかかわらず、確固たる輪郭を維持する。だが、その姿もついに薄れる。色が消え、空気に溶け込むように、消えた。
 上も下もわからない混乱の中、アストは竜の姿を見失った。

          *

 地震と奇妙な平衡感の喪失が治まったとき、アストは倒れたオブジェの横に座り込んでいる自分に気付いた。
 傍らには、ライナとデュランが横たわっている。二人とも、意識を失っているが、大きな怪我はないようだ。手から全身を見渡し、歪んだいた姿が元に戻っていることを確認する。
 アストは展望窓から外の景色を見てみる。
 ついさっきまで、そこには火星の赤い大地が広がっていた。今は違う。ほぼ垂直の岩壁が、視界を塞いでいる。ここは巨大な渓谷の底のようだ。
 体が重い。自分の体重が、突然2倍になったように感じる。
 疲労のため? 違う。天井からはがれ落ちたタイルの落下速度は火星よりも速い。
 アストは空を見上げた。三つの月が見えた。

 共通暦193年第2クォーター27日。
 シティの人々はその日、自分達を取り巻く環境が激変したことを知った。
 ドーム都市アルシアシティは、深く巨大な渓谷の底に移動していた。ほぼ垂直な側壁は、常識外れの高さを誇り、ドームの最高部をはるかに越えてそびえていた。
 三つの月も、夜空に散らばる星の位置も、なじみのないものばかり。
 人々は認めざるをえなかった。
 そこが、未知の惑星である、と。


第1話 目覚める竜の力


 砂塵を含んだ風が吹き荒れる。
 やむことのない乱流。風に舞った砂塵が大地を削り、削られた土が風に舞う。
 これだけの風が吹けば、大地は風化され平らにならされるのが普通だが、この地には深い亀裂が網目のように走っていた。
 直径2キロメートルもあるアルシアシティすら飲み込む、深い深い亀裂。それが、この惑星のいたるところに刻まれている。
 側壁の隙間はある所では広がり、ある所では狭まる。うねりながら延々と続く渓谷。その底を道と考えれば、それは不規則に枝分かれする迷路。
 いかなる航空機も、側壁を飛び越えて飛行することは許されない。メタルストームと名づけられた強風が、機体をさらってしまうから。金属イオンを含んだ風は計器を狂わせ、電磁波による通信を阻んでいた。
 深い渓谷の底だけが、メタルストームの勢力を弱め、生物の存在を許していた。
 今、蛇行する渓谷を縫うようにして飛行する、三つの影がある。
 粉塵に弱められながらも、月光が三機を照らす。白い光沢のある外観。前後に長い卵型で、機体下部に無数のアームを備える。その姿は巨大なフナムシを思わせた。だが、高速で移動する推進力は、明らかに人工的なものだ。
 メタルストームにさらわれないぎりぎりの高度を保ち、複雑なカーブを描く側壁に添って飛ぶ。三機の進む道は何本にも枝分かれしていたが、迷うことなく飛行する。
 その行く手、数十キロメートル先には都市があった。アルシアシティが。

          *

 共通歴193年第4クオーター27日。
 転移から半年。
 アルシアシティが、なぜ、この未知の惑星に転移したのか。半年経った今も、理由は解明されていない。火星から、いや太陽系からどれほど離れているのかも。
 幸い、シティは生産プラントを備えた半閉鎖型都市だ。生活必需品と必要最低限の物資はシティ内で生産することが出来る。ドームの壁は過酷な自然から生活空間を切り離し、照明装置が地球の昼を再現していた。
 シティは4層構造になっており、最上層のレイヤ4には、企業体や商業関連施設、歓楽街がある。シティ住民の居住ブロックは、レイヤ3の十五%ほど。レイヤ3の残りと、レイヤ2のほとんどを、農作物プラントが占める。そして、軍事施設とエネルギーセンターのあるレイヤ1。
 なかでもレイヤ4は、転移時の震災で最も被害の大きかったエリアだけに、あちこちで復興工事が行われている。
 作業用のヒト型乗用機アクティブドール、通称AD(エイディ)が解体工事を行い、道行く車両も、荷台を満載したトラックが目立っていた。
 シティの人々に活気の色が幾分もどってきたように見えるが、街はまだ復興の途中。かつて繁華街だったこの一画も、開店している店は多くない。
 だが、半年前には及ばないまでも、それに近いにぎわいを取り戻した店もある。
 ゲームセンター・シデン。建物の壁には、転移時に入ったひびがまだ残っている。それを壁材修復用のパテで埋め、割れたガラスも同じパテで張り付け、無理やり強度を補強して開店にこぎつけている。萎びた外観とは裏腹に、店内には熱気が立ちこめ、歓声が響きわたっていた。
『1Player  Win!』
 激しい衝突音の後、コンピュータボイスが高らかに宣言する。
 天井から吊り下げられた大型スクリーンに勝利を告げるメッセージが灯る。同じスクリーン内で、一機のADが右腕をあげる。その傍ら、腕を捻られて腰を落とした別な型のADが小さな火花を散らしていた。
 ゲームの結果に、観衆はどよめきから、さらに大きな歓声を上げた。
 ADバトルシュミレーション。本来、工事用の機械であるADは、このゲームの中で、戦闘マシーンとなる。二人のプレイヤーはADのコックピットを模した筐体に収まり、操作し、相手のADと戦う。操縦シュミレーションであり、対戦格闘ゲームでもあった。
 直系二十メートルの円形の舞台上で、フォログラム投射された戦闘フィールド内を、二体のADが駆け回り格闘戦を繰り広げる。競技場の各所に設置された大型モニターには、ランダムにアングルが切り替わる映像が表示され、観戦者への緊迫感を演出する。
 ゲームセンター・シデンは、半壊したフロアをまるごと改装して、このシステムを設置したのだった。
「見たか、これがADバトル大会準優勝者、アスト・レザの実力だ!」
 1プレイヤーのシート付近で、マギャリー(火星駐屯軍)のパイロットジャケットを着た少年が大見得を切った。年齢は十五、六歳だろうか。そばかすの浮いた顔には幼さが残っている。
 勝利宣言をした彼が、今のゲームの勝者アスト・レザ……ではない。シートにはまだプレイヤーが座っているのだから。だというのに、少年はまるで自分の手柄のように、高笑いをあげていた。
 1プレイヤーシートから顔を出した少年が高笑いの少年を見上げる。
「デュランがやったんじゃないだろうに」
「水臭いぜ、アスト」
 デュランと呼ばれた少年は、これまた大げさに悲しそうな表情を作ってみせる。
「友達なら、喜びを分かち合うのは当然だろう。苦しいときは助け合うのが当然だろう。お前がゲームに疲れて苦しいだろうと思ったから、おれが代わりに威張ってやったんだ」
「あのな……」
 頭を抱えるアスト。
 デュラン・タラスは決して悪い奴ではない。が、調子に乗りやすいのが困ったところだ。時々こうして手柄を横取りしていくから、ちょっと悔しい。
 ――まあ、いいか。
 気を取り直し、アストは立ち上がった。
 小柄だが、自信に満ちた颯爽とした身のこなしの少年である。スラリとしたスタイルと相まって、好青年という印象を与えていた。鮮やかなジャケットとシャツの組み合わせは、センスの良さを見せる。
 ゲームでの勝利がアストを爽快な気分にさせていた。
 プレイヤーのモニターに描画される映像は、観戦スクリーンと違って、パイロットの視点に固定されているから、実際にADに乗って格闘したような錯覚を与えてくれる。アストはその感覚が好きだった。もやもやした気分も吹き飛ぶ。
「さあ、次の挑戦者は誰だ。どんなやつが来ても、アストがねじふせてくれるぜ」
 調子に乗りっぱなしのデュランが、ギャラリーを扇る。アストもその気になって、周囲を見渡す。王者の貫禄をもって、次の挑戦者を見定めた。が。
「そんな時間がどこにあるの?」
 応えたのは、女の子の声だった。
 声のした方向に目を向ける。ギャラリーの最前列で腕組みをしている、白いブラウスに濃紺のロングスカート姿で、長い黒髪の少女が、アストとデュランをにらんでいた。
 ライナ・フォーリーであった。
「あれ、ライナ。何でこんなところに?」
「……やっぱり忘れてる」
 あっけらかんと言ったデュランに、ライナは深々とため息をついた。
「もうすぐ奉仕活動の時間でしょ。ついでだからレイヤ3まで送ってくれるって言ってたのはどこの誰?」
「あ……」
 時計を見て、アストは小さく苦笑した。
 転移以来、シティのいたる所で復興工事が行われていたが、あまりに人手が足りない。緊急措置として、奉仕活動が教育カリキュラムの一環として設定された。アスト達のような学生が、労働力としてかりだされたのだ。
 カートで仕事場に向かう途中、ライナを拾って送っていく約束をしていたが、待ち合わせまでの暇つぶしで始めたゲームにすっかり熱中してしまった。
「何か頭の隅に引っ掛かってるような気がしてたけど、それだったか。アハハハハハ」
「もう。二人とも携帯端末の受信カットしてるし、待ち合わせ場所でずいぶん待ったんだからね」
 悪びれずに笑うデュラン。いつも温厚なライナも、さすがにキレそうだ。
「悪かったよ。カートを飛ばせば間に合うから、急ぐぞ」
 そう言ってアストは、ゲーム画面に未練がましい視線を投げた後、吹っ切った。荷物を手に取る。
 デュランは筐体の上で大見得を切り、ライナとのやりとりを笑う観衆に向かって、マギャリー式の敬礼をする。
「諸君。やむをえぬ仕儀により、我らは一時戦線を離脱する。後刻、別の戦場でまみえよう」
「いいから、早く来い」
 アストはデュランの襟を掴んで引っ張り、出口にさしかかっているライナに続いた。

          *

 その道路を、アストの運転するカートは疾走していた。
 前を行くトラックやカートの間を縫うように、急激な車線変更、わずかな隙間に飛び込み、追い越しをかける。あまりに無謀な運転に、後部座席のライナは青い顔していたが、助手席のデュランははしゃいでいた。
「おお、今の車間距離、5センチくらいしかなかった」
「5センチ……」
 ライナの顔色が、青から白に変わる。だが、ハンドルを握るアストは平然と言った。
「この程度のスピードじゃ事故らないよ。ADバトルに比べたら、全然遅い」
「ゲームと実物の運転、一緒にしないでよ」
 もちろん、ゲームのADと実際のカートでは何もかもが違う。だが、アストはカートの加速性能や旋回性、車幅などを完全に把握している。その上でADバトルとの感覚の違いを修正し、実際のカートにおいても、ADバトル並の俊敏かつ複雑な動きをやって見せる自信があった。ADバトラーなら誰でもできるという芸当ではない。
 今、そこまでスピードをあげていないのは、ライナを乗せているから。これでも安全運転しているつもりなのだ。
「アストくらいの腕があれば、本物の陸戦機に乗ってもけっこういい線いけるよなあ」
 デュランが遠くを見るような目で言った。
 カートはハイウェイに合流し、高速走行するカートの群れに入った。スピードはむしろ上がっているのだが、無理な追い越しをかける必要がなくなった分、運転は安定する。ライナも息をついたようだ。
「陸戦機か。デュランじゃなくても乗ってみたい気はするな」
「だろ? だろ? だろ?」
 同じく遠い目をしたアストに、デュランは勢い込んで同意する。
 陸戦機とは、マギャリーに配備された人型機動兵器だ。地球の軍関係者からはキワモノ扱いされているが、マギャリーの主力兵器である。「いつか陸戦機に乗ってみたい」と言うのが、デュランの口癖だった。
 アストもデュランほどではないが、陸戦機=戦う力に憧れる。兵器というものには、男の子の心を揺さぶるモノがある。
「ADと機動兵器じゃ全然違うでしょ」
 男の子ではないライナが、呆れ口調で言った。即座にデュランが後部座席を振り返って反論する。
「知らないのか、ライナ? 初代の陸戦機は、ADに銃器を搭載したものにすぎなかったんだぜ」
 大まじめで解説する。軍事マニアのデュランがこの手の話をすると長い。アストは地雷を踏んでしまったライナに同情した。
「それに改良を加え、今の陸戦機になった。つまり陸戦機は、ADバトルのユニット設定と同じコンセプトで作られてる。ADバトルで腕を磨くのは、現行の主力兵器である陸戦機の操縦を覚えるのと同じって事だ」
「でも、いくらゲームがうまくてもゲームはゲームでしょ」
「だから、ゲームといっても操縦シミュレーションなんだって。本物の兵士の訓練でも、実機に乗るよりシミュレーション訓練のほうが長いんだぜ」
 いまいちかみ合っていない二人の会話を聞き流し、アストはカートをレイヤを下る分岐路に進ませた。レイヤ4からレイヤ3へ、螺旋を描いてスロープが下っている。
「もしも戦争が始まれば、学徒出陣で俺達も陸戦機に乗れるかもしれない。これは身贔屓で言ってるんじゃないけど、その時、アストだったらエースパイロットになれる」
 エースパイロット。その言葉は、アストに夢想を抱かせた。
 マギャリーの陸戦機を駆り、人々を守るため、戦場に身をさらす。敵の攻撃をかいくぐり、反撃で次々と撃破していく。それは英雄アストの姿。
 陸戦機という力を得れば、自分も英雄になれるだろうか? なりたい。いや、ならなければならない、みんなの役に立つ英雄に。
 単なる憧憬ではなく、アストは使命感さえ感じた。
 胸のペンダントを片手で握る。ギリシャ神話にある空を支える巨人、アトラスをデザインしたペンダント。父の形見である。
「それで、どこと戦争するの?」
 一人だけテンションの違うライナの質問が、アストの夢想を砕いた。
 確かに、シティにはマーズギャリソンと呼ばれる軍隊が駐屯している。シティと一緒に転移してきたから、その戦力は健在だ。だが、戦争する相手がいない。
「敵がいなければ戦争はできなわね。そもそも、戦争を期待するってこと自体、間違ってると思うけど」
「いや。敵がいないってことは、ないと思う」めずらしく声をおさえて、デュランが言った。「キュア姉さんからの情報じゃ、マギャリーに妙な動きがあるらしい。頻繁にシティ外に偵察に行ってて、警戒システムの強化や、戦力の増強を始めてるらしいんだ。この惑星に敵の存在を発見したんじゃないかって言ってた」
「この惑星の原住民、異星人ってこと?」
「その通り。マギャリーは対異星人用に新型機動兵器の実戦配備を検討してるって噂も……」
 最後まで聞かず、アストとライナは笑い出した。
 この惑星に別の種族がいるなど、聞いたこともない。デュランの仕入れてくる情報は、好奇心というフィルターを通しているから、信憑性の低い派手なガセ情報に偏っている。
「いとこ同士だからって、そんな情報をねぇ。デュランの家系はみんなお喋りだな」
 アストは笑いながら言った。
「信じないのか? キュア姉さんの取材力はABcS(アバックス=アルシアシティ放送局)でも評判なんだぞ。特に、新型機の情報は絶対確実。陸戦機開発の延長線上にある機体らしいが、陸戦機をはるかにしのぐ運動性を誇る。二年前火星でクーデター未遂事件があっただろ。それを防いだのが、この新型さ。けど、そのあまりのスペックの高さが恐れられ、封印されたって話だ」
 ムキになって言い募るデュランがおかしくて、笑いはおさまらない。
「けど、新型かぁ」
 笑いながらも、アストは噂の新型機に思いをはせた。強さを求める少年のサガが、派手な噂を持つ戦闘兵器に興味を示す。
 ――今のおれには何の力もない。みんなの役に立つ英雄になりたくても、何にもできない。実際、できなかった。もしも、新型機に乗れたなら……。
 暗い気分に沈んでいくのを自覚しながら、アストはレイヤ3の住宅街にカートを進ませる。片手で胸のペンダントを弄んでいると、自分が見つめられているのに気付いた。バックミラーに映るライナと目が合った。
「?」
 どうかしたのか、と聞きかけて、アストはその言葉を飲み込んだ。ライナの目に笑みがなく、痛ましいものを見るかのようにしかめられていたから。まるで心を見透かされているような気がして、アストは目をそらした。
 五階建の集合住宅が立ち並ぶ住宅街。二十メートルの高さにレイヤ3の天井がある。普段見慣れているはずのその景色が、その時ばかりはひどく息苦しく感じるアストだった。
「着いたぜ」
 住宅街のほぼ中央に、メディカルセンターがある。アストはその前でカートを停めた。ライナはここで、看護の手伝いをしているのだ。
「ありがと」
 礼を言ってカートを降りるライナ。メディカルセンターに向かいかけ、立ち止まった。しばらく躊躇するように間を置き、突然踵を返した。運転席のアストを覗き込む。
「ねえ、アスト。復興工事の奉仕活動を一生懸命することも、みんなの役に立つ大事な仕事なんだよ」
 脈絡のない、ライナの言葉。だが、必死に説得するような、真剣な口調だった。
 ──やはり、見抜かれている。
 一瞬、アストは返事につまった。それから。
「わかってるよ」
 乱暴に答えて、カートを発車させた。バックミラーに映るライナを見ないよう、アクセルを踏み込んだ。

          *

 メタルストームによって吹き上げられた砂が、機体を叩いた。
 シティに近付く物を警戒する為、渓谷に陣をはっていた陸戦機。だが今、機体はなかば砂に埋もれていた。
「くそっ」
 動かなくなった陸戦機から、パイロットが這い出す。
 突然の奇襲を受け、何も出来ぬままに沈黙させられた。もてあそばれたと言っていい。
 いや。奇襲でなかったとしても、結果は同じだったかもしれない。それほど、敵機の性能は高かった。
 通信用の光ファイバーケーブルは、まっ先に切断された。メタルストームが磁場を撹乱するため、電波通信は使えない。シティに警告することもできないのだ。ケーブル断線のアラームで気づいてくれればいいのだが、とパイロットは唇を噛む。
 三機の所属不明機が遠ざかっていく。航空力学を無視した、フナムシのような機体。
 兵士は、遠ざかる三機を見送るしかない非力を恨んだ。

          *

 アスト達に与えられた仕事は、物資の搬送だった。
 荷物を満載したトラックに乗り換え、レイヤ3からさらに下へ下る。レイヤ2に下る時、検問のため一時停車したが、物資搬送の証明書を見せると、あっさり通行が許可される。プラントのあるレイヤ2を下り、軍施設とエネルギープラントの並ぶレイヤ1に達する。
 搬送先は、このレイヤ1にある軍事施設だった。
 高さ三十メートルの天井にまで達する隔壁が、レイヤ1をいくつかのエリアに区切っている。アスト達がたどり着いたそこは、隔壁の間隔が数百メートルはある広いエリアだ。倉庫らしい建築物がいくつも建てられ、エリアをさらに細分化している。隔壁にも建築物にも飾り気がなく、全体の照明も他のレイヤに比べて暗い。まるで巨大な格納庫か、地下都市のような場所。それがレイヤ1だ。
 アストの運転するトラックは、立ち並ぶ倉庫のひとつを目指して進み、検問ゲートで停車した。
「おう、ご苦労さん」
 アスト達を迎えたのは、小柄ながら声の大きな中年男性だった。整備兵だろう。汚れたツナギを着たその男に誘導され、アストはトラックを倉庫の脇につける。傍らにスカイブルーとイエローのADがコックピットハッチを開けて膝をついていた。
「すまんが、ちょっと待っててくれるか。あっちのAD乗りが別用でね」男は軽くイエローのADを指した。「戻ってくるまで三十分くらいかかってしまうんだ。すまんな時間通りに来てくれたのに。人手が足りないんでね」
 携帯端末で配送証明書を確認しながら、男は言った。
 アスト達が運んで来た資材は長尺もので重量もある。二台のADでの連携作業になる。
 人手不足は当たり前だから、文句を言えることではなかった。
「……アスト」
 デュランが猫なで声で呼ぶ。その様子に嫌な予感を覚えながらも、アストは手招きするデュランについていった。整備兵から会話の聞こえない距離まで離れる。
 物資の搬送先が軍事施設だと聞いて、目を輝かせていたデュラン。道中、何事かたくらんでいる姿を見て、アストは不安を感じていた。今やその不安は最高潮に達している。
「チャンスだ、アスト。陸戦機を探し出して、こっそり乗ってみよう」
「何だって?」
 思わず大声をあげてしまった。いぶかしげにこっちを見る整備兵に、愛想笑いを浮かべてごまかす。
「何考えてんだ。そんなことしたら、スパイ容疑だとかで、捕まるぜ」
「大丈夫さ。トイレを探してて迷ったことにして、間違って陸戦機に乗っちゃうんだ」
「どこの世界にトイレを探して機動兵器に乗るバカがいる!」
 アストが小声で怒鳴りつけると、デュランは悲しそうに顔を歪める。
「友達がいのない奴だなあ」
「友達なら悪事に誘うな。一人で行けよ」
「一人じゃ怖いじゃないか」
 胸を張って堂々と言いきるデュラン。アストは頭痛を感じた。
「どうかしたのか?」
 整備兵が近づいてくる。アストは慌てて首を左右に振った。
「いえ、何でもないです。……そうだ、おれがADに乗りましょうか?」
 アストは整備兵に提案する。斜め後でデュランは泡食っているようだ。無言でアストの服の脇を引っ張っているが、無視。
「お前さんがか?」
 整備兵はアストとトラックの間で視線を往復させ、考え込んだ。子供のアストにADの操作をさせることに躊躇しているのだ。
 検問ゲートに中型トラックが長時間止まっているのは邪魔になる。しかも、タイミングが悪く陸戦機用トレーラーが近づいてくるのが見えた。トレーラーは軽くクラクションを鳴らした。アストたちのトラックが邪魔になっているのだ。
「ADの操縦免許は持ってます。資材を運ぶくらいなら、できますよ」
 アストは、ジャケットの内ポケットからADのライセンスカードを取り出して見せた。
「よかろう。イエローの方に乗ってくれ。後ろが詰まってしまうからな」
「任せてください」
 アストは声を張り上げて、うなずいた。逆にデュランはがっくりとうなだれる。
 アストは軽く走り出し、しゃがみ込む姿勢で停止しているADに近寄る。
 だがその時、背後から肩を掴まれ、引き戻された。
「こら、ガキ。何しようってんだ」
 声は、デュランの声ではなかった。
 振り返れば、背の高いパイロットスーツ姿の若い男がいた。陸戦機用トレーラーにのっていた運転手だ。アストよりも二、三歳年長だろうか。痩せ気味で目付きが険しい。マギャリーのパイロットスーツを来ていなければ、裏通りにたむろするチンピラにしか見えない。
「ここはガキの遊び場じゃねえぞ」
 険しい目で、アストを見下ろす若い兵士。その口調が、アストの癇に触る。
「ガキじゃありません。アスト・レザです。資材運びを手伝うんですよ」
「すぐばれる嘘ついてんじゃねえ。お前みたいなガキは足引っ張るだけだろうが」
「いいんだよ、レナード」
 怒鳴り合う二人に、仲裁の声がかけられた。先ほどの声の大きな整備兵だ。すでにスカイブルーのADに乗り込み、コックピットから身を乗り出して、アスト達を見下ろしている。
「その子にゃ、俺が手伝いを頼んだんだ」
「冗談だろ。こんな子供にADを操作させるなんて!」
「そう思うなら、お前代わりに乗れよ」
 そう言いながら、整備兵は安全ヘルメットを投げた。レナードと呼ばれた若い兵士が、受け止める。
「俺はテストパイロットだぜ。どうして資材運びなんかしなきゃいけないんだ?」
「人手が足りないんだ。いやならその坊っちゃんに頭下げて頼むんだな。自分の代わりに働いてくださいってよ」
「……」
 渋い顔で整備兵を見上げるレナード。
 整備兵はさっさとコックピットシートに腰を下ろしハッチを閉めてしまった。
 レナードはそのままの表情でアストに視線を移す。一瞬の黙考。そしてため息をつく。
「フゥ」
 直後、アストの視界が闇に閉ざされた。安全ヘルメットをかぶせられたのだ。それが目を覆っている。
「危ないから下がってろよ、坊主」
 ヘルメット越しに、軽い振動が伝わる。ひっぱたかれたらしい。完全に子供扱いだ。
 憤慨してヘルメットを剥ぎ取ると、イエローのADに乗り込むレナードの姿が見えた。ADの脚部装甲を手がかりに、身軽に体を引き上げて、胸部のコックピットに潜り込む。直後に、ADの起動音が響く。
 ――子供扱いもいい加減にしろ!
 口を尖らせて、アストはレナードの乗ったADを睨んだ。
 ――自分が何の力もない子供だって事、そんなの、自分でよくわかってるさ。
 半年前の思い出が、アストの脳裏によみがえる。みんなの役に立つ英雄になりたいと思いながら、何もできなかった。何の力もなくて、ただオロオロしていた自分。
「アスト、危ないぞ」
 デュランの声が聞こえた。アストは、歩き出したイエローのADの傍に突っ立っている自分に気付いた。
 ――見てろ。
 数歩さがり、デュランに向き直る。
「デュラン。陸戦機はどこにある」
「は?」
 突然のアストの質問に、デュランは目を丸くする。
「陸戦機に乗るんだよ」
 アストは足を進める。レナードの乗るADに背を向け、軍施設内部に足を向けた。
 子供っぽい対抗意識だったかもしれない。陸戦機を乗りこなし、レナードの鼻を明してやりたかった。いや、無力な子供じゃないと、自分自身に証明したかったのだ。そこにどれほどの意味があるかわからないが、陸戦機を操ることで何かが変わると思えたのだ。
「何だよくかわからないけど……」
 キョトンとしたデュランの顔が、ゆっくりと笑顔に変わる。
「いいぜ。気が変わらないうちに、急ごう。こっちだ」
 そう言って、デュランが駆け出す。アストを追い越して前を走った。
 アストもデュランについて走った。胸のペンダントが揺れる。右手でそれを握り締めた。
 爆発音が聞こえたのは、その時だった。

(後半へ)


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