小説「装竜機ヴァイアトラス」 -
第ニ話 迷宮の惑星(後半)



 鋭角的な頂が、天を刺してそびえていた。
 迷路を作る岩壁が、その一画だけ隆起して山になっている。周囲から突出した頂上は、メタルストームの粉塵の中に霞んでいた。草木一本生えない岩山。急峻な斜面と尖った山影は、抜き身の剣を思わせる。
 ダモクレスソード。この岩山を発見した調査隊は、そう名付けていた。
 その中腹に、山肌を巨大な刃物で切り取ったような台地があった。かなりの広さがあるその台地に、見慣れぬ形の建造物らしきものがひしめいている。今回の目的地、ダモクレス遺跡だ。
 アスト達は、ダモクレスソードの麓から、はるか頭上の遺跡を見上げていた。
「なんで、あんな不便なところに街を作ったんだろう?」
 オースンから降り、自分の目で頭上を見上げつつ、アストはつぶやいた。
 遺跡の周囲は、ほぼ垂直な崖だ。ここから見る限り道らしきものも見当たらない。あの遺跡が都市として機能していた頃、住人達はどうやって街の出入りをしていたのだろう?
 空路による行き来も難しいだろう。メタルストームが乱流になっていて、岩壁に激突する危険が大きすぎた。VTOL機能を持つエスパーダでも、直接台地に着陸することができず、麓の砂地に降りたのだ。
「あの場所に街を作ったのではなく、あの場所に転移してしまった、と考えるべきね」
 アストの疑問に答えたのは、女性の声だった。
 声の方に目を向けると、二十代くらいの女性が風に流れるライトブラウンの髪を気にして、片手で抑えていた。
 今はつなぎの作業服を着ているが、アストは白衣姿の彼女を覚えていた。シルファ・サイク技術大尉。一昨日、アストの身体検査にも立ち会っている。サブジェクターの健康管理をしている医師だと聞いた。若くして複数の博士号を取得した才女だという話だ。
「転移してしまった? それじゃあ、あの遺跡も、アルシアシティみたいに別の星から転移してきたってことですか?」
「その可能性が高いと考えているわ。今回の調査でそれを確かめなければならないんだけど、そのためにはあそこまで登らなければならないわね」
 シルファはアストから目をそらし、装竜機に向けて声を張り上げた。
「というわけで、装竜機の出番というわけ。リシア、ロック。登攀お願い。ゾンビリンクにシフトして」
『了解。ロック、あたしから行くわ』
『おう』
 装竜機の外部スピーカーから、リシア達の返事が聞こえる。二体がエスパーダを切り放すのを見て、アストも砂地を蹴って駆け出した。オースンの元に戻る。
 装竜機から分離したエスパーダは、自動的に後方へさがって着地、待機モードに入る。
 噴射の余波に扇られ、アストは一度転びかけたが、何とかオースンまでたどり着いた。ロックがオースンをしゃがませ、手を差し述べてくれたので、その腕を伝ってコックピットまでよじ登った。
「リシアのあと、モードシフトに入るぞ」
 ガンナーシートに転がり込むアストに、ロックが声をかける。コンソールと緩衝パッドがせり出してきて身体を固定するのを確認しながら、アストはたずねた。
「そのモードシフトってのはなんですか? ゾンビリンクとかいうのもよくわからないんですけど」
「そうか、アストは知らねぇんだよな」
 アストが部外者であることを、ロックは失念していたらしい。改めて説明してくれる。ただしその間も、各種センサー類に油断なく目をはしらせている。
「装竜機には、みっつの操縦モードがあるんだ。最も下位のモードが、スタンドアローン。陸戦機やADと同じ、スティック操作での操縦方法だ。これはおまえも体験しただろ?」
「ええ」
 一昨日、装竜機五番機ブレイバーに乗ったときは、確かにスティック操作による操縦だった。アストの慣れ親しんだADバトルとも同じだ。
「だが、スタンドアローンじゃ装竜機本来の性能は発揮できない。そこで、ゾンビリンクだ。大雑把に言うとこいつは、装竜機とサブジェクターの脳を直結しちまうシステムだ。基本はスティック操作だが、それだけでは伝えきれない微妙な動きが伝わるようになる。負担がかかるんで、六十分の時間制限があるが、操作性は格段に上がる。H器官の制御回路も効率アップするんで、パワーもでかい」
「装竜機と、脳を直結?」
「そうだ。ゾンビリンク時は、装竜機が体の一部のように感じる。人の体と装竜機の体が二重になって存在するような感覚、と言えばわかるか? だが全然不快じゃない。これに慣れると、スタンドアローンの方がまどろっこしくてストレスになるくらいだ」
「装竜機が、体の一部のように……」
 アストはコックピットの中を見回した。それから右手を顔の前に上げて、見つめた。
 装竜機が体の一部のように感じる。それは、どんな感じだろう?
「最上位のゴーストリンクになると、さらに装竜機との同調が進む。操作命令、フィードバックの全てが、脳に接続したHAWNETを介して行われ、スティック操作は必要ない。と言うより、ゴーストリンク中はサブジェクターの肉体動作が行われないんだ。ボディスワップと言って、人の体と装竜機の体を入れ替えたような感じだな。自分の体を動かすように装竜機を操れる。パワーもゾンビリンクをはるかに上回る大出力だ」
「なのに、普段はゾンビリンクで操縦するんですか?」
「ゴーストリンクは負担が多きすぎるんだ。そのため、制限時間は三分程度しかない。いざという時の切り札としてしか使えんな。さらに悪いことに、モード遷移プロセスには少々時間がかかる。スタンドアローンからゾンビリンクへの遷移に約三分、ゾンビリンクからゴーストリンクへも、十〜二十秒かかる。その間装竜機は操作不能になり、サブジェクターも意識を失う。だから遷移中は、味方のフォローが不可欠だ」
 説明の間もロックはセンサー類に目を走らせていた。その理由を、アストはやっと悟った。リシアが遷移をしている間、周囲を警戒していたのだ。三番機が無防備な間に、敵襲を受けないように。
『三番機アーリアン、遷移プロセス完了。ロック、いいわよ』
 リシアから遷移完了の通信が入る。この瞬間、警護する者とされる者が入れ代わる。
「了解。一番機オースン、ゾンビリンクへ遷移開始。三分ほどトリップしてくるぜ」
 冗談めかした言葉を残し、ロックの声が途絶えた。振り返って見ると、目を閉じ、彫像のように動かないロックの姿があった。今その脳内では、装竜機と神経接続するための準備が進んでいるのだろう。
 アストは正面に視線を戻し、遷移が終わるのを待った。
「遷移プロセス完了」
 きっかり三分後、ロックの声が告げた。本来の性能を発揮し始めた二体の装竜機が、崖に向かって歩き出す。
 オースンは輸送機からワイヤーロープを運び出した。崖の手前には、高さ十〜二十メートルほどの岩の柱がいくつも立っており、そのひとつにロープをまわして固定する。逆の一端を、リシアのアーリアンにわたした。
 アーリアンは装甲のフックにロープの端をつなぎ、転落防止の命綱とする。そのまま崖に歩みより、左手をほぼ垂直の岩壁に向けた。手首に装着したオプションパーツから、圧縮空気を使って金属製の杭を撃ち出す。登山家が使うハーケンを、装竜機サイズに巨大化したものだ。
 アーリアンは、岩壁に半ばまで埋まったハーケンにロープを通し、それと崖のわずかな凹凸を手がかりに登り始める。少し登った所でまたハーケンを撃ち出し、同じことを繰り返す。遺跡を目指し、徐々に登攀してく。
 その間、オースンは命綱を握って、アーリアンをフォローする。ロープを巻きつけた岩の柱と、自分の機体を重石にして、万が一の転落にそなえていた。
「あの動き、人間みたいだ」
 アーリアンの姿をモニターで見て、アストはそう呟いた。
 第2世代の装竜機であるアーリアンは、オースンよりもシェイプアップされた、より人間に近いフォルムをしている。肌色の装甲に重ね、胸部と腰周り、双肩、肘から手首にかけてオレンジ色の追加装甲を装備していた。そのラインは曲線が多く、女性的なシルエットにも見えた。が、それはパイロットが女性だと知っているための錯覚だろうか?
 手持ちのライフルは背中のホルスターに吊り下げ、空いた両手でロープと斜面を掴みよじ登る。装甲の隙間から露出した赤いチューブ状の物質が、姿勢を変えるたびに膨張収縮を繰り返す。まるで動物の筋肉のように見えた。
「あの装甲の隙間から見えてんのが、装竜機のアクチュエーター、竜筋だ」
 アストが注目しているものに気付いてか、ロックが解説を始めた。
「動力炉であるH器官からマイクロウエーブの形でエネルギーを受け取り、伸縮することで装竜機を駆動する。まさに人間の筋肉そのものだな。この素材の発見、応用によって、装竜機は軽量化と出力増を達成できた。人間に近い微妙な動作も、ゾンビリンクによる操作性と、竜筋の高い自由度が組み合わさった効果だな」
 オースンが下から見守る中、アーリアンは崖を登っていく。なるほど、確かにあの微妙なバランスはスティック操作で操作できるものではないし、関節の自由度が低い陸戦機では、登攀不可能だろう。道もなく、空から行くこともできないダモクレス遺跡を調査するには、装竜機が絶対に必要だったのだ。
 ついにアーリアンは遺跡のある台地に登り着いた。命綱だったワイヤーロープと輸送機のコンテナを利用し、麓に残ったオースンと協力して簡易ロープウエーを作る。コンテナに研究員と調査機器を乗せ、引き上げた。
 コンテナが遺跡に到着したのを確認後、オースンも崖を登る。もともと第1世代試作機であるオースンは、アーリアンほど滑らかな動きはできなかったが、それでも陸戦機には真似できない動きで登攀した。
 これが、竜筋の力、ゾンビリンクの操作性。機体と操縦者が一体になるシステム。
 背筋が奮えるのを、アストは感じた。胸の奥に、沸き立つ憧憬を覚える。
 ──ゾンビリンク。やってみたい。
 ガンナー席に固定されたまま、アストは叫びだしたくなる衝動をこらえていた。

          *

 渓谷を挟んだ反対側の崖に、それはいた。
 四肢に備えた爪で岩壁を掴み、体を垂直な崖に固定している。体長三十センチ程度、トカゲのような小動物に見える。だが、体に比して大きすぎるその頭部には、口も鼻もなく、光学レンズに占められていた。
 レンズがかすかなモーター音を響かせてズームする。撮影されているのは、崖を登る人型の機動兵器。被写体は見られていることに気付いた様子もなく、崖の中腹にある遺跡を目指している。
 二体目の人型が遺跡に登りついたことを見届けると、それは崖を滑り落ちるように下った。渓谷の底に積もる砂の中に潜る。
 それの体積分だけ盛り上がった砂山が、山脈になって伸びていく。砂の下を、それが高速で移動していたのだ。

          *

 台地の上では、麓よりも風が不規則に変化する。前触れもなく突風が吹き、風向きも定まらない。気を抜くと吹き飛ばされそうになる中を、アストは一人歩いていた。
 調査隊の面々は、いくつかの班に分かれて散り、発掘調査を行っている。最初、オースンで待機していたアストだが、手持ち無沙汰になって遺跡見物の散策を始めたのだ。
 台地いっぱいに広がった、奇妙な建築物群。ここの建築様式は、角錐を多用する傾向にあったようだ。角錐を複数つなげた形の柱が、各所に見られた。半分以上が倒壊していたが、残されたシルエットが、異文明の遺跡であることを主張している。
 アストは半壊した建築物に近づいてみた。
 柱の下半分だけが、四角錐のオブジェのように立っている。上半分と、それが支えていた屋根は瓦礫となって周囲に転がっていた。
 材質は金属の合金のように見えたが、触ってみると弾力があり、わずかにへこむ。柱や壁に刻まれた無数の溝は、模様か文字か? あるいは情報を伝達する信号配線だったのかもしれない。アストにはそれが何なのか、わかるはずもなかったが。
 瓦礫の山を踏み越えて、アストはかつて大通りだったと思われる、広場に出る。
 崩れ残った建築物を回り込んだとき、風になびく金色の髪が目に入った。
 パイロットスーツを着た少女が、こちらに背を向けて立っていた。着用者の体に合わせて作られているらしい、ピッタリとしたスーツを身につけている。ゆえに、すらりと長い手足と、体のラインが見て取れた。
 ダークグレーの背中で、金色の長髪が風に揺れる。その隙間から見え隠れするのは、肩胛骨を覆うように備えられたプロテクター、いや、装竜機とのコネクタと演算処理装置を一体化した機能ブロックだろう。一般的な宇宙服がそうであるように、そのスーツ=サブジェクタースーツもウェアラブルコンピュータなのだ。
 彼女は脱いだヘルメットを右手に下げている。わずかに斜め方向を向いているため、その横顔が見えた。もう一人、アストから見えない位置に誰かいるのだろう、穏やかな表情でその人物と会話していた。
 アストは足を止め、少女──リシアを見つめた。見惚れていた、と言った方が正しいかも知れない。
「あら、アスト」
 壁の陰にいた人物が顔を出し、アストに気付いた。こちらはライトブラウンの髪の美女。シルファだ。
 リシアも振り返ってアストを見る。途端に目付きが険しくなった。
 リシアのサブジェクタースーツは、背面がダークグレー、前面が赤の配色である。その赤が怒りを表現しているようで、ちょっと怖かった。
 ──おれが何したって言うんだよ。
 思わず見惚れてしまった上に、無言の怒気にびびった自分が悔しくて、アストは声に出さずに毒づいた。
「いらっしゃい、アスト。あなたもこれを見ておいた方がいいわ」
 手招きするシルファに従って、アストは二人に歩み寄る。リシアが露骨に嫌そうな顔をしたが、わざと隣に並んで立つ。と。
「これは!」
 目の前に広がる光景を見て、アストは叫んでいた。
 さっきまでは壁に隠れて見えなかったが、クレーターのように地面がえぐれ、窪地になっている場所がある。その窪地の底に、見覚えのある機動兵器がかく坐していた。
「ブリトラン!」
 それは、一昨日シティを襲撃した物と同型だった。シロアリに似たブリトランの機動兵器だ。何年も前に機能停止した物らしく、全体に錆がういている。白いはずの装甲は砂塵に汚れ、所々黒い煤のような物もこびりついている。被弾した痕だ。
「ここは、ブリトランの都市だったのか?」
「いえ。詳しい調査を待たないと断言できないけど、ブリトランはこの都市を襲撃した侵略者だと思うわ」
 アストのつぶやきに、シルファが答えた。窪地の底にうずくまる機動兵器を見下ろしながら、説明を続ける。
「この半年の調査で、同じような規模の遺跡をいくつも発見しているの。どれも高い科学力を持っていたことがうかがわれるけれど、それぞれの遺跡に文化的な連続性はなかった。ひとつひとつ独立した文明だったのよ」
「みんな、別の惑星から転移してきたってことですか?」
「私達の例を見れば、そう考えるのが自然ね。街一つの規模で外との交流もなく、ここまで科学を進化させたとは考えにくいもの」
 シルファは倒壊した建築物群を眺めた。アストも周囲を見渡す。
 建築物の建材は、ラビリントゥスの自然物とは明らかに異なる。高い精製技術を持っていたあかしだ。よく見れば、瓦礫に埋もれて兵器の残骸が見える。機動兵器らしきものもいくつかあった。
「市街戦の跡ね。以前に発見された遺跡も同じよ。それぞれ年代は違うけど、共通の敵によって襲撃され、滅ぼされている」
「ブリトランによって?」
 シルファはうなずき、肯定した。
「半年間の遺跡調査で、私達はその存在を知った。ブリトランと名づけ、いつかある襲撃を予想し、警戒していたの。そのわりには、あっさり襲撃を許してしまったけどね」
 一旦言葉を切り、シルファは苦笑した。
「アスト。あなた、なぜ今遺跡調査を行うのかって、疑問に思ってたわよね」
「え、ええ」
 突然、話題を変えたシルファの問いに、アストはうなずいた。
 やはりオースンの中での会話は、シルファにも聞かれていたらしい。
「これが、その答えよ。ラビリントゥスで唯一生き残り、他の転移文明を滅ぼしてきた戦闘種族ブリトラン。彼らが何者なのか、目的は何か。調査し、一刻も早く解明する必要があるのよ。生き残るために」
「それと、転移の謎を解き明かすために?」
 アストがそう問い返すと、シルファは微笑んだ。気付いたアストに感心したのだろう。
「それも、あるわ。遺跡とアルシアシティの共通点から転移のシステムが解明できれば、火星に帰ることも可能ですものね。遺跡調査は迷宮の出口を探すことでもある」
 シルファがそこまで言ったとき、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえた。声の方を見ると、調査員の一人が大声を張り上げている。
「サイク博士。文字らしきものが刻まれた金属板を発見したんです。ちょっと見ていただけますか?」
「わかりました、今行きます。……じゃ、ちょっと行ってくるわ」
 言葉の後半を、アストとリシアに向けて、シルファは歩き去った。後には気まずい雰囲気のアストとリシアが残される。
「……降りてみる?」
 声をかけてきたのは、リシアだった。窪地の底、かく坐する機動兵器を指差していた。
「いいものが見られるわ」
 返事も待たず、斜面を下り始めた。アストは戸惑いつつも、リシアの後に続く。
 機動兵器は、前かがみに伏せるような形で停止していた。その腹の下に歩いていく。
 リシアが足を止め、頭上を見上げた。アストも同じ方向に顔を向けた。そして、見た。
「う、うわぁぁっ」
 叫んで、尻餅をついた。
 機動兵器の腹部、装甲が破れ、コックピットが露出していた。そこにいたのだ、シートベルトによって吊り下げられたまま息絶えた、パイロットが。
 二足二腕を持つヒューマノイドタイプだが、人類と比べて腕が長い。身長は、一般的な成人男性より少し低いくらいだろう。だがウエストが病的に細いため、長身に見える。
 長い間湿気のない場所に放置されていたため、乾燥しミイラ化している。体毛はなく、全身を細かい鱗に覆われていたようだが、今は所々鱗が剥げ落ちていた。
 顔の凹凸は少ない。角質化した顎と頬の切れ目が口だろう。鼻と耳はなく、おそらく頭部に空いた四つの穴が、呼吸器か聴覚、もしくはその両方をかねる器官だ。
 人と同じ位置に二つある目は、眼球を失っていた。残された穴が、アストを見下ろしているようだった。
「これが、ブリトランよ」腰を抜かしたアストを見下すように、リシアが言った。「あたし達が戦う敵。その死体を見たくらいで、そんなに脅えないでくれる?」
「ちょっと驚いただけだよ」
 アストは語気荒く言い返し、立ち上がった。屍の失われた目を睨み返す。
「遺跡のどこかに、避難場所跡があるはずだわ。そこにはもっと沢山の死体があるはずよ。探してみる?」
 冷淡に問うリシアの言葉に、アストは答えられなかった。なぜ、そんなことを言うのかわからなくて、彼女を睨み返す。
 リシアはため息をつき、言葉を続けた。
「あなたを見てると、おもちゃを手に入れてはしゃいでいるように見えるの。忘れているようだから教えてあげるけど、戦闘になれば人が死ぬのよ」
 忘れている。
 その一言が、アストに思い出させた。
『今のアストは忘れているような気がする』
 ライナの言葉が脳裏によみがえり、うしろめたさが復活した。
 装竜機に乗って、力を得たような気がして、はしゃいでいたのは事実だったが。
「アルシアシティが、この遺跡のように滅ぼされないとは、限らないわ。あたし達はそれを防ぐために戦うの。遊び半分で装竜機に乗られたら迷惑だわ」
 叩きつけるようなリシアの声が、耳を打つ。アストは視線をそらす。機動兵器の足元を睨んで、弁解の言葉をしぼり出した。
「忘れてたわけじゃない。はしゃぐだけの子供とは、違う」
「口で言うのは簡単ね」
 軽蔑しきった冷たい声を残し、リシアが踵を返す。アストをその場に残し、斜面を登っていく。
 追いかける気にもなれず、アストは立ち尽くした。意味もなく地面を睨みつけていた。
 遠くで光と音が炸裂したのは、その時だった。
「信号弾?」
 足を止めたリシアが呟く。アストも、機動兵器の下から走り出て、空を見上げた。
 粉塵を通し、赤い光が空を流れるのが見えた。麓で待機している陸戦機が打ち上げたのだろう。その色で簡単な意味を伝える。
 リシアは走り出した。アストもその後を追って駆け出す。走りながら訊ねた。
「今の、何だよ?」
「陸戦機からの信号よ」
「だから、その意味は?」
「……敵襲」
 リシアは瓦礫の山を踏み越え、装竜機への最短距離を走る。
「陸戦機が、ブリトランと交戦している」

          *

 オースンで待機していたロックは、すでにゾンビリンクへの遷移を完了していた。
 警護のいない状態でのモードシフトは危険ではあるが、今は陸戦機の方がより危険だ。救援を急がなければならない。リシアを待っている時間はないと判断したのだ。
 ちょうどモード遷移を終えたとき、リシアとアストが戻ってきた。即座にリシアはアーリアンに乗り込み、アストもオースンの足元に駆け寄ってくる。だが。
 ロックは、アストを乗せるつもりはなかった。これから行うのは実戦だ。民間人を危険にさらすわけにはいかない。
『ロックさん、おれも乗せてくれ!』
 外部マイクが、アストの叫びを拾う。
 ハッチを開けようとしないオースンの足元で、アストが両手を広げていた。ロックを押しとどめようとするかのように。
「だめだ。安全な場所に隠れてろ」
『オースンは複座式だ。一人じゃ十分に戦えないんでしょ!』
 それは、事実だ。本来オースンの火器管制はガンナーの役割である。しかし、代行できないことはない。オースンの持ち味である索敵、情報処理システムの効率を落とすことになるが、火器コントロールをパイロットにまわせば、単独搭乗でも十分戦闘可能だ。
『頼むよ、ロックさん。遊びで言ってるんじゃないんだ。おれの力を役立てたいんだ。役に立つって、証明しなきゃいけないんだ』
 必死の形相で、アストは叫んでいた。
 リシアに何か言われたのだろうか? さっきまでの浮ついた様子が消えていた。
 ロックは、ガロアから下された命令を思い出していた。
 今回の調査にアストを同行させる目的は、サブジェクションレベル検査で計れない、アストの特性を確認することにある。複座であるオースンに搭乗させ、出力レベルへの影響を観察するのだ。
 心理的プレッシャーがない状態での影響を見るため、アストにはこれがテストだということも、強制入隊が待っていることも知らせない。実戦は後日、入隊後に十分な訓練をつんでから経験させるシナリオだった。だが。
 ロックはアストの表情に浮かぶ決意を見た。崖の下で行われている、戦闘を眺めた。
 ──現場の判断は臨機応変。シナリオと変わっちまうのは、いつものことだな。
 無意識に、口元に笑みが浮かんだ。腹を決めてスイッチを叩いた。
「アスト、乗れ!」
 キャノピーが開く。オースンをしゃがませ、足がかりになるよう腕を伸ばした。
 アストがコックピットに滑り込み、ガンナー席につく。
「ありがとう、ロックさん」
「礼はとっとけ。戦闘が終わってもまだ言う気があったら聞いてやる」
 参戦したことを後悔するような、厳しい戦いになる。言外にそう告げたつもりだったが、アストに伝わったかどうか。
「先に行くぞ、リシア」
 モード遷移中のリシアには聞こえないだろうが、声をかける。陸戦機の救援を優先し、オースンを崖縁に進ませた。簡易ロープウエーに使ったワイヤーロープを片手で掴む。
「荒っぽく行くぜ」
 宙に身を躍らせた。
 ワイヤーロープにつかまりながら、滑り落ちるような速度で崖を下った。

          *

 シルファがこの場に駆けつけたのは、アストがオースンに乗り込んだ瞬間だった。
 止めるまもなく、複座の装竜機は崖下に消えていた。
「ロック、なんてことを……」
 崖縁にかけより、滑り降りていくオースンを見下ろしながら、シルファはうめく。
 アストをオースンに乗せるというガロアの計画には、シルファも賛成した。だがそれは比較的安全な行軍中に限ってのこと。民間人であるアストを戦闘に参加させることは、反対だったのだ。そう、反対した、が。
 ──それは、本心なの?
 一瞬、脳裏にそんな自問の声が浮かんだ。そんな自分の気持ちを振り払うように、シルファは、腰に付けていたテレスコープを手に取った。掌に隠れるほど小型の、筒状の望遠鏡だ。コンピュータ処理によって、望遠補正した映像を、左眼で覗き込む。
 崖を下り終えたオースンが、陸戦機の陣営に加わるのが見えた。
 視線を転じれば、五百メートルほど離れて敵の姿が見える。粉塵を通しているため、望遠補正した画像でも細部は良く見えないが、ブリトランの機動兵器に間違いはない。
 シティに侵入したシロアリタイプが二機と、二足歩行タイプの初めて見る機体が、四機いる。モノトーンのカラーリングで、頭部の代わりに太く長い角のようなユニットを一本備えた機動兵器だ。
 計六機。モードシフト中のリシアが参戦すれば、数では互角になる。だが陸戦機は機体性能でシロアリに劣る。一本角の性能は未知数だが、陸戦機より劣るという根拠もない。
 今は距離をおいての銃撃戦が展開さている。陸戦機は巨岩を盾にして、守勢に徹していた。ブリトラン側は、射撃を続けながら、徐々に距離を詰めてくる。
「アストの能力に、出力レベルの上昇現象に期待できれば……」
 シルファは、敵機を睨みながらつぶやいた。
 ──期待? 私は何を期待しているの?
 心の隅に残った冷静な部分が、冷酷な質問をぶつけてくる。
 ──ロックやアストが生還することを? それとも、出力レベル上昇現象を調べる、新たなデータを得ることを?
 自分自身を傷つける問いを、今度は無視することができなかった。
 警護という名目で装竜機に乗る以上、実戦に巻き込まれる可能性は高い。なのに民間人であるアストを装竜機に乗せたのは、その可能性に気付かない『ふり』をしていたのではないか? 自分を納得させるために。良識を唱えながら、その実、魅力を感じていたのではないか? アストを危険にさらしてでも、未知の現象を解明することに。
 科学者の業。周囲を犠牲にしてでも、何かを知りたい、謎を解明したいと思ってしまう。自分の中に宿るその心を、シルファは恐れた。そもそも人類がラビリントゥスにいること自体……。
「あ!」
 戦況に急激な変化が訪れ、シルファの思考は中断した。テレスコープが映し出す望遠映像から、突然シロアリの姿が消えたのだ。
 その理由は、右目の肉眼による視界が捕らえていた。一本角の速度に合わせてゆっくり前進していた二機のシロアリが、突然ダッシュしたのだ。複雑な回避機動で射線をかわし、陸戦機の陣に肉薄していた。

          *

 崖をかけ下りると、オースンは陸戦機の陣に合流した。立ち並ぶ岩の柱を盾に、射撃戦を開始する。
 ロックはオースンのセンサーを起動し、敵の陣容を観察する。
 砂塵の向こうに霞む機体は六つ。うち二機は先日シティに侵入した『シロアリ』と同型機である。残りの四機はデータベースにもない。
 敵陣からミサイルが発射された。数発のミサイルが上下左右に蛇行しながら飛来する。陸戦機の機銃が火をふき、次々とミサイルを撃ち落す。直撃は避けられたものの、至近距離での爆発が、盾にした巨岩を削り、爆風が機体をあおる。
 爆風が治まった直後、オースンは巨岩の陰から身を乗り出し、反撃の引き金を引いた。が。
「当たれ、当たれ、当たれぇ!」
「落ち着け。そうそう当たるもんじゃない」
 むやみに引き金を引いて叫ぶアストを、ロックはそう叱咤した。
 だが、半分パニックに陥っているアストには聞こえていないようだ。標的に命中させられないまま、五〇発入りの弾倉をたちまちのうちに撃ち尽くしている。
 ──やっぱ、失敗だったかな?
 予備弾倉への交換操作をしながら、ロックはアストを実戦参加させたことを早くも後悔し始めていた。
 オースンの足元で行く手をふさぎ、自分を乗せろと訴えたアストの表情。そこに決意を認めて搭乗を許してしまったが、決意があっても結果がともなうとは限らない。
 ──アストが腕を磨いたっていうADバトルは格闘ゲームだしな。射撃に関しては、あきらかに経験不足。それはしゃあねえか。
 未熟なのは、アストのせいではない。今必要なのは、それをフォローし、この場を生き延びること。その為には……。
 ──あれをやるしかない。
 ロックが腹を決めたとき、センサーが敵の急接近を警告した。複数枚のヒレをより合わせたような白い機体、前の戦闘でシロアリと仮称されたブリトラン機が、背中のバーニアをふかし、飛び込んできたのだ。
 左右から二体、シロアリは陸戦機を無視して、オースンに同時攻撃を仕掛ける。
「ぼやっとするな、アスト!」
 とっさのことで、アストの対応が遅れた。高圧電流をスパークさせた、シロアリの腕が、突き出される。
「ちっ」
 舌打ちして、ロックはライフルの制御権を後席に切り替えた。弾倉交換が終わったばかりのライフルを、右から来た敵に向ける。弾丸を叩き込んだ。バーニアが破壊され、シロアリはあらぬ方向へと飛ばされた。
 それで一機は防いだ。が、左の敵は……。
 迎撃は間に合わない。ロックの意識の中、冷酷なまでに冷静な部分が悟る。
 衝撃を覚悟して身構える。だが、予想された一撃は、やってこなかった。
 シロアリは、頭部を打ち抜かれて、崩れ落ちていた。倒れた機体に、とどめの数発が撃ち込まれ、完全に機能を停止する。
『遅れてごめん』
 通信機から、少女の声が流れた。
 今の射撃は、リシアだったのだ。モード遷移を終えたアーリアンが、崖を下りながら発砲し、オースンの危機を救った。
「リシアか、助かったぜ」
『そう思うのは、まだ早いんじゃない?』
 リシアの言うとおり、戦闘は激しさを増していた。シロアリが接近、かく乱する隙に、四機の一本角も距離を詰めていたのだ。
 肩幅の広い、二足二腕の機動兵器。カラーリングはモノトーンをベースに、肘や膝に黄、胸部に緑のユニットがある。頭部はなく、特徴的な一本角は首の位置から伸びていた。
 胸部中央でセンサーユニットが瘤のように盛り上がっており、緑色のカメラが三つ、正三角形の頂点を描くように配置されていた。
 長い両腕にはランチャーらしきものを装備しており、残弾数を気にする様子もなく、撃ちまくっている。先程より距離がつまったために、その弾幕は脅威だ。
「リシア。ゴーストリンクにシフトする。フォローしてくれ」
 ロックは岩を盾にしながら、叫んだ。
『ゴーストリンク? この状況で?』
 リシアの返信にも、戸惑いの色が混じる。
 たしかに、ここでタイムラグのある遷移を行うのは危険だろう。だが素人であるアストと、性能の劣る陸戦機を抱え、不利な戦況をひっくり返すには、ゴーストリンクの圧倒的な戦闘力に賭けるしかない。
「逃げ道もないこの状況を切り抜けるには、それしかない」
『……わかった』
 ロックの短い説得に、リシアも覚悟を決めたようだ。オースンの銃を借り受ける。
『二十秒だけ、時間をかせいであげる』
 両手にライフルを構えて、アーリアンは前線に飛び出していった。
 陸戦機達も、オースンを守るように陣形を変える。ロックはオースンを数歩下がらせ、立ち止まった。
「心配するな、アスト。この程度の敵、ゴーストリンクを使えば、すぐに叩き潰せる」
 アストを気遣い、そう告げた。同時にタッチパネルを操作して、遷移を開始する。
「ゴーストリンクへ、モードシフト」
 命令とともに、ロックの意識は混濁した。

          *

「心配するな、アスト。この程度の敵、ゴーストリンクを使えば、すぐに叩き潰せる」
 自信満々のロックの言葉が、かえってアストを驚かせた。
 ──心配するなだって? 何だよ、それ。おれが何を心配してるって言うんだ?
 すでに制御権を奪われた照準レバーを、アストは強く握り締めた。
 気遣われることが、心外だった。自分は大丈夫だと、思いたかった。だが。
 ──ならどうして、手が震える?
 アストは右手の震えを止めるため、やはり震えている左手で押さえつけた。
『おもちゃを手に入れて、はしゃいでいる』
 遺跡でリシアに、そう言われた。反発する心が、胸の奥から沸き起こった。
 自分は戦える。戦う力を手に入れた。決しておもちゃを喜ぶ子供なんかじゃない。
 それを証明せずにはいられなかった。だから、ロックに訴えてオースンに乗った。
 ──なのに、当てられなかった。
 射撃ではまったく役に立たなかった。無駄に弾丸を消費しただけ。
 加えて、止めることのできないこの震え。自分が脅えているなどとは、認めたくなかったけれど。
「ゴーストリンクへ、モードシフト」
 ロックの動く気配が途絶えた。オースンも直立したまま、動きを止める。これから、無防備な十数秒が始まるのだ。
 ブリトランの砲撃は、途絶えることなく続いていた。
 岩の盾を抜けた弾丸が、背後の壁を穿ち、石の破片を飛び散らせた。
 陸戦機が、被弾してよろめいた。
『忘れているようだから教えてあげるけど、戦闘になれば人が死ぬのよ』
『ここにも負傷者がたくさん運ばれてきたわ』
 リシアの、ライナの言葉が脳裏に浮かぶ。
 弾丸がオースンの装甲をかすめ、衝撃がコックピットまで伝わった。
 ロックはまだ動かない。何をすることもできず、アストはただ耐えているしかない。
『手当てのかいなく、亡くなった人もいる』
 陸戦機が直撃を受け、崩れ落ちた。足元で弾頭が炸裂した。
 右手がどうしようもなく、震えていた。それを掴んだ左手も、震えていた。
『なぜ、それを楽しいなんて思えるのか、わからないよ』
 アストの中で、何かが切れた。
「うわああああああああああああああ」
 耐え切れずに、叫んでいた。

          *

『ゴーストリンク遷移完了。操縦権をお返しします』
 CAU(Central Arbitration Unit)の発するメッセージが、脳内に響いた。
 ロックは目を開き、感触を確かめるように四肢を伸ばした。目に見える光景はオースンの目が見た光景、伸ばした手足は竜筋に駆動された体。H器官の発したエネルギーを、全身に感じた。
 ゴーストリンク特有の、自分自身が装竜機になったような感覚を享受する。
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
 ロックが、オースンが、声にならない声で叫んだ。

          *

「うわああああああああああああああ」
「うおおおおおおおおおおおおおおお」
 アストとロックの声が重なった。
 鈍重なイメージのあるオースンは、倒れた陸戦機を飛び越えて前線に走り出した。
「ロック!」
 二挺の銃で敵を牽制していたアーリアンが、オースンに気付いてさがった。入れ代わり、さらに前進して敵との距離を詰める。
 脛当てを開いて、収納されていたハンマー(鎖付き鉄球)を取り出す。ゴーストリンクならではのパワーとスピードを乗せ、振り回した鉄球を一本角に叩きつけた。
 一体は、それで倒れた。すぐ横にいた別の一本角が、オースンを捉えようと動く。腕周りのランチャーを切り離し、長い腕で殴りかかってきた。
 その腕を、オースンは片手で受け止めた。手首を掴んだまま、ねじりあげる。ハンマーを投げ捨て、もう片方の手で一本角の肩をつかむ。引く。竜筋が脈動し、膨張した。
 5秒とかからずに、オースンは一本角の腕を引き抜いていた。
 一瞬にして二機の敵を倒したオースンは、残りの敵を威嚇するように周囲を見回した。
 引きちぎった一本角の腕を頭上に掲げるその姿は、雄たけびを上げる太古の勇者のようだった。

          *

「あれが、一番機の動きなの?」
 崖の上からそれを見ていたシルファは、畏怖をもってつぶやいた。
 実戦でゴーストリンクを使用したのは、二年前に一度あるだけだ。その限界性能は、シルファ達開発スタッフも、正直言って把握しかねている。これほどの力を秘めていたのか。いや、それとも……。
 シルファは目を凝らして、オースンを見つめた。機体を透かして、コックピットにいる少年の姿を見ようとするかのように。
「アスト・レザ。やはりあなたには、何かがあるの?」
 ブリトランが撤退を始めていた。無傷の一本角二機が弾幕を張り、その隙に損傷した機体が退く。
 ロック達は弾幕にはばまれ、追撃できない。いや、本当は追撃する余力がないのだろう。敢えてそのまま逃がしている。
 逃げる際、バーニアを破壊されたシロアリが、岩壁に張り付いていたトカゲ──ブリトランの偵察メカを回収していったのだが、シルファはそれに気付かなかった。
「ブリトランの目的は、何なのかしら?」
 逃げるブリトランを見送りながら、シルファは自問した。推測するにも手がかりが少なすぎる。今答えを出すことはあきらめ、視線をオースンに移す。
「そして、あなたは何者なの? アスト」
 この問いにもまた、答えは出ない。アスト自身にも答えられないだろう。
 装竜機一番機オースンは、逃げ去るブリトランを睨み、渓谷の底に仁王立ちしていた。

          *

 そこは、複数の道が交わるターミナルのようだった。
 道とは、迷路のように刻まれた、深い渓谷の底を意味する。岩壁がメタルストームを減衰し、生物の生存と移動を許した場所だ。
 今その道を飛行し、ターミナルに達する影があった。前後に長い卵型の機体、底面に密集する触手は、昆虫の節足のよう。
 ブリトランのトランスポーターだ。
 岩壁が突然途切れ、広い砂漠になっている場所へ、機体は飛び込んでいく。メタルストームを減衰する障壁はなく、荒れ狂う風が飛行物体を翻弄しようと待ち構える中へ。
 だが、ブリトラン機がその場に達した時、急にメタルストームの勢いが弱まった。機体は乱流にさらわれることなく、砂漠の中心へ向かって飛ぶ。
 舞い上がる粉塵の向こうに、巨大な影が見えた。それは、砂漠の中心にそびえる塔だ。
 ブリトラン機は塔へ向かって飛び、その中に消えた。
 ブリトラン機の到着を待っていたかのように、メタルストームが勢いを増す。砂塵を舞い上げ、急激に視界を悪くする。
 塔はメタルストームの中に姿を消した。

──第三話に続く


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