原作/RMR  ノベライズ・監督/古池真透 小説「装竜機ヴァイアトラス」
第三話 過去からの呼び声(1/2)


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 聴聞室の薄暗さにも目が慣れてきた頃、正面に座った屈強な将校は、机上のバインダーを閉じた。
 テーブルの上で拳を組んだ将校の目は、顎の張った筋肉質の顔についていて、鷹のように鋭かった。
「無理ですよ、おれには」
 アスト・レザは、そう言っている自分が負け犬のように思えて悔しかった。
 将校のうしろに立つ女性士官も、先ほどからまったく表情を変えない。そのせいもあって、余計に息苦しく思える。
「私は転移後の軍の責任者だが、装竜機の開発にも長くかかわってきた。アスト・レザ。装竜機は巨大な人の形はしているがサイボーグではない。つまりは、キミのような資質を持つ者が操らねばならない代物だ。君は、ブリトランと二度にわたり格闘戦を体験した。その一回目は、五体の装竜機の中でもっとも安定しない五番機を起動させている。それは誰もが出来ることでなない。わかるかね、私の言っていることが」
 このザナドリー・ワーズマンという将校は、生まれてから一度も笑ったことのないような口を少しだけゆがませた。微笑んでみたのだろう。
 しかし、激励と懇願を織り交ぜてはいるが、抑揚のない口上は、事実を並べて強制しているだけにしか感じられない。
「ブリトランのことを知れば、戦うか、やられるか、どっちらかしかないってことはわかったよ。でも……」
 アストは、ザナドリーの目を、うつむきながらも睨んだ。
「バレス博士の忘れ形見だなどと、不確実な希望にすがっているわけではない。惑星調査隊がブリトランに狙われているのは間違いない。装竜機は、一機でも多く運用したいのだ」
 アストは、火星のごく平凡なハイスクールの学生だったが、マギャリーの倉庫区画に生活物資を運ぶボランティアの途中で、偶然に装竜機に出くわし、結果操縦してしまった。
 それは、そこに現れたブリトランと呼ばれる人類の産物とは違う機動兵器を追い払うためだった。
 無我夢中とはいえ、マギャリーが惑星間安全保障軍にも極秘で開発していた新兵器を操縦できてしまう。それがきっかけで、あこがれていた惑星調査隊にスカウトされた。
 しかし、その調査先で、またしてもブリトランは現れ、交戦状態に。アストは再び装竜機に乗ったが、結局は、複数のブリトランに囲まれて、硝煙の中で恐怖を刷り込まれたに過ぎなかったのだ。
「モードシフトが自由にできなきゃ、意味がないんでしょう?」
 アストは手のひらをもんだ。装竜機を動かせたとき、操縦桿から伝わってきたジンワリとした感覚を思い出したかった。しかし、よみがえってくるのは焦燥感と喉の渇きだけだった。
「慣れが必要なマシンだということはある。それに、ダモクレスソードの戦いで失神したことを恥ずかしむことはない。キミは、軍属ではなかったのだから」
 ザナドリーは、また、小さく笑った。
 アストには、それがとても偽善的に思えた。
 
        *
 
「だからって、こういう格好すれば、うまくいくってもんでもないんだろに」
 アストは、ヘルメットの右側についたボタンを深押ししながらつぶやいた。
 バイザーに投影された多様な表示のコントラストは、一度ぼやけたが、ボタンを離すと、すぐに鮮明に戻った。
「その癖は直せ。乗る前に調整した意味がなくなるだけじゃない。データの見過ごしが命取りになるときもある」
 ヘルメット内に野太い声で注意が届く。
 アストを惑星調査隊にスカウトしに来たロック・タイガの声だ。
「あ、はい」
 足元の赤い地面が勢いよく後方に流れる。
 バイザーの表示は、その地形をトレースし、様々なマーカーや数値をめまぐるしく変化させる。
「降下地点まで、あと千メートル」
 ナビゲートシステムが女性の声でメッセージを発する。
 視界に入っているのは、地平線まで続く、赤い砂漠と化した大地に走る亀裂だ。
 亀裂の幅は数百メートルにわたっていて、壮大な渓谷に見えるが、その先には数メートルに狭まって、今にも閉じてしまいそうな箇所もある。
 着慣れないパイロットスーツの襟元が窮屈で、首を軽く降ってみるが、息苦しさは変わらない。
「十秒後に分離だ。いいな」
「了解です」
 モニターの隅のカウンターがゼロを指す。
「五番機、投下」
 ロックが突き放すように呼称した。
 コクッという音がすると、アストの身は一瞬ふんわりと浮いた、しかしすぐに地面が迫ってくる。
 いや、こちらが落下しているのだ。
「くっ!」
 アストは歯をくいしばる。
 頭上を遠ざかっていく輸送機の腹部には、いままで自分の機体を懸架していたフックが見えたが、気にしている余裕はない。
 亀裂の間を落ちていくから、自分の両側に見える岩肌が、ものすごい速度で上に流れていく。
「集中しろよ。着地の瞬間からライフルを構えて走れれば良いんだ」
 ヘルメットの中でロックのがなり声が反響する。
「十度目の正直!」
 アストは意気込んだが、眼下に迫る大地に全身が叩きつられると確信できた。
「目を閉じるなよ!」
 ロックの激が飛んできたが、返事をすることもできない。
 背中から轟音と振動が襲い掛かってきた。
 コックピットのすぐ後ろにある、機体背部に装備されたロケットブースーターが作動を始めたのだ。
 大地に引っ張られていた身体が、正反対のベクトルに突き上げられる。
「んんっ」
 アストの内臓は圧縮されて、ひとかたまりになったかに思えた。
「着地だぞ!」
 ロックの声は遠くに聞こえた。
 次の瞬間、アストに、これまでに味わったことのない衝撃が襲い掛かった。
 モニターの中央に、人の形を模した表示が赤く点滅する。
 それに重なるように、ミッション・インコプリートの文字が浮き出ては消えた。
 アストは、その文字を確認することなく、意識を失った。
 
        *

 強化プラスチックの窓の外に見える赤い岩肌と赤い空。
 嵐の日の火星を思い出させる景色だが、そうではない。
「メタルストームのせいで空は飛べないんだ。それでも高度からの降下練習ばかりさせて……どういうんだ」
 アストは、トレーニングルームの扉を見ながらつぶやいた。
 惑星ラビリントゥスの上空を吹き荒れる磁気を帯びた金属粒子の嵐「メタルストーム」は、二つある太陽の陽射しを滅多に地表まで届けない。
 人類は、この惑星に転移して半年の間、薄暗い曇天の中で生きてきた。
 ことの始まりは、半年前に起きた火星対応型密閉式ドーム都市・第七号=アルシアシティを襲った大地震。
 その現象は、シティの住民一万人と、そこに設置されていたマギャリーの中枢基地を、一瞬のうちに銀河からはるかに離れた恒星系に転移させた。
 シティは、ほぼ無傷のまま、ある惑星に不時着。人類がつけた惑星の名はラビリントゥス。
 転移のポイントが宇宙空間上であれば、全員が即死していたであろう。
 惑星の大気成分が地球に酷似していたことは、人類にとって奇跡という表現以外あてはまらなかった。
 だが、ラビリントゥスには、その奇跡を帳消しにするような事態が待ち構えていた。
 戦闘文明ブリトランの存在である。
 あまりにも巨大な甲虫群と例えれば、言いえて妙だ。
 たしかに、どんなに大きくても人類の言うところの昆虫であれば、科学者たちが歓喜してすんだろう。
 しかし、ブリトランは、ミサイルを交わす機動力を持ち、マギャリーのレールガンよりも強力なエネルギー弾を放つほどに科学技術を発達させた兵器たちだったのだ。
「そう落ち込むな。誰だって最初は初心者さ」
 ロックが背後から声をかけてきた。
 ゆっくり振り向くと、ロックの両手にコーヒーカップがあり、その一方はアストに差し出されていた。
 マギャリーの中で、特にアストによくしてくれるのがロックだった。
 二メートルにならんとする長身で、広い肩幅と厚い胸板の巨漢である。
 逆立てた短い頭髪で、日焼けした角張った輪郭に屈託のない笑みを浮かべている。
 ロックのグリーンのパイロットスーツは、アストが着ている一般兵士用のものではない。左肩についたマギャリーのエンブレムの下にドラゴンを模したワッペンがある。
 装竜機中隊の一員である証拠だ。
「すみません」アストはコーヒーカップを両手でもらい受けると「やっぱり、偶然だったんですよ」と言い、コーヒーをすすった。
「もう、聞き飽きたよ」
 ロックは通路の傍らにあったゴミ箱に腰をかけて続け、コーヒーを一気に飲んだ。
「自分でも、どうして動かせたのかわからないんですよ」
 アストはやり場のなさをぶつけようにも、それもできないことに苛立った。
 ロックは、手にしたリモコンを、ドリンクベンダーの脇に設置されたテレビに向けた。
 画面には見慣れたロゴマークが現れる。おなじみのテーマソングだ。
 アルシアシティー・ブロードキャスト・ニュースのタイトルが回転している。
「このキャスター、どう思う?」
 ロックは、画面の中の女性キャスターを見たとたん、目を険しくして訊いてきた。
『こんにちは、キュア・ミカヅチです』
 キュアは、ライムグリーンのショートボブがトレードマークの人気女性アナウンサーだ。濃紺のスーツ姿は、胸の部分が大きく開いていて、そういうところが、さらに男性の人気を得ていた。
「どうって、タイプなんですか?」
「その逆だ」
「普段でも、ああいう服なんです。どういうんでしょうね」
「知り合いなのか?」
 ロックは、そう訊いてきたものの、あまり興味がないようなトーンで、またコーヒーを煎れていた。
「友達の親戚なんですよ」
 悪友デュラン・タラスの親戚であるキュア・ミカヅチとは、デュランの家に遊びにいったとき、挨拶を交わした程度で、親しいわけではない。
「ぶっ!」
 ロックがテレビを見ながら、コーヒーを噴いた。
 テーマソングがフェードアウトして画面いっぱいに出されたタイトルは「隠されていたマギャリーの秘密兵器! 謎の昆虫メカはエイリアンだった!」とあった。
 映し出された人型のシルエットには、アストにも見覚えがある。
「装竜機?」
 アストはロックをちらりと見て、テレビに視線を戻し固唾をのんだ。
『先日、シティを襲った昆虫型の大型ロボットは、わたしたちシティで生き延びようとする一万人の人類に対して、新たな試練を突きつけました。この番組では関係者の話を聞きながら、今後のわたしたちの運命を占っていきます。コメンテータは、ブエラ暫定政府市長です』
 キュアは右側に座った小太りの紳士に向かって語りかけた。
 紳士がお辞儀をすると、秀でた頭が余計に光る。
『ブエラ・ネッセロです。いつも皆さまには、ご不便をおかけしています。この場を借りて、あらためて陳謝いたします』
 ブエラの言い様は、まさに誠実だ。
 転移という特異な状況下で暫定政府の市長となったブエラには、学生のアストでも知っているエピソードがある。
 ブエラは、人望は関係者の中ではそれなりに高い人物だったらしいが、そういう人徳から市長に選ばれたのではない。UPDOの監察官という、一万人の中でもっとも最上位の官職を持っていたがゆえの就任なのだ。
 そういう実しやかな風説が流れれば、だれもが色眼鏡で見てしまう。
 シティが転移したのは、ブエラが悪いわけではないことは誰もが知っている。
 しかし、暫定政府市長という職位は市民の鬱憤を浴びるためにあるように見えて、不憫に思えた。
『まず、先日侵入した昆虫型ロボットの映像をご覧下さい』
 キュアの合図に併せて、画面には一般住民居住区を天井から俯瞰で映した街並みが出た。
 シティの中には、こういった定点カメラが随所に設置されている。
 カメラに近い壁の一部が爆発、そこからキュアが昆虫型ロボットと称したブリトランの機動兵器が姿を現した。
 ブリトランは、メインストリートを路面から一メートル以上浮き上がって、滑るように移動する。
「あ……」
 アストは無意識に一歩下がってしまった。
 画面はブリトランのシティ侵入時の瞬間をとらえた映像に変わる。
『最初に、昆虫型のロボットをブリトランと呼びましょう。邪神を意味します。その存在は、転移をした半年前、すぐに確認されていました。混乱をさけるために民間には公開されませんでしたが、知る権利についての論議は、すでに決着がついたと認識しています』
 ブエラの説明に合わせて、ブリトランの三面図や行動を捉えた映像が繰り返し流れる。
『マギャリーは、ブリトランが敵意を持つものである確証を持つに足る事実を得たようです。それについては、連絡協議会でも明かされていませんでした。しかしながら、ブリトランの危険性は既知であり、今更、シティ内でわたしどものとる行動に対して、脅迫や暴動行為を繰り返すことの無意味さをご理解していただけていると思います。わたしたちの生命は、わたしたちの意志とは無関係に危険に晒される状況となりました。それに対抗するため、官軍合意の上、運用を決定したのが、装竜機です』
 ブエラが細い目をより細めて語るそぶりには、ことの重大さを受け止められる説得力があった。
『装竜機。マギャリーが実験開発を進めていた超機動歩兵』
 重々しい女性ナレータのナレーションとともに、アルシアシティを俯瞰で捕らえた映像になる。
 アルシアシティのメインブロックである白い半球状のドームは特徴的だ。
 高さ三百メートル、直径三キロメートルのドーム内は大きく四層構造になっていて、それぞれが目的別に設計された空間。そのドームに付随して、直径二五〇メートルの小型ドームが弧を描くように三つ配置されている。また、三つの小型ドームの線対称側には、全高四百メートルの円筒が聳え立つ。円筒には朱塗りで大きく国際惑星開発機構=UPDOの文字があった。
 それらの構造物は真上から見下ろすと、猫の足型にも見える。
 その巨大なドームが、あつらわれたような渓谷に、すっぽりとはまりこんでいる様は、悪魔の所業と言えた。
 シティを映しているのは装竜機輸送用VTOL・エスパーダだ。
 もう一機が平行して飛行して撮影している。
 映像が揺れているのは、絶壁の間に吹き荒れる気流の乱れのせいだろう。
 エスパーダには装竜機二番機・イシュテーンが懸架されていたが、すぐに切り離された。
 シティの近くの岩盤に柔らかく着地したイシュテーンは、右腕をついて綺麗な受身をとり、前転をしながら起き上がった。その身のこなしは、まさに人のごときと言えた。
 その目の前に、全高ほどもあるポッドが落とされ展開した。
 中から出てきたのは、イシュテーンの身の丈ほどもある巨大なランサーだ。
 そのランサーの大きさを苦にすること無く、自在に振りかざすイシュテーンは、頼もしかった。
 そこにブリトランの機動兵器一機が立ちはだかる。
 間髪いれずに、巨大なランサーは突き刺され、ピンク色のレーザを拡散させて、機動兵器は地に伏した。
「む? お前……」
 ロックが訝ったのも無理はない。
 アスト自身も驚いた。ひざが震えていた。
「へ、平気ですよ。なんでもありませんから」
 アストはごまかすように言ってみたが、さすがにロックも眉をしかめた。
「今日はもう切り上げよう」
 ロックは腰を上げて、ポケットの中からコミュニケータを取り出した。
「シルファか? シティ中に装竜機がお披露目されちまってるが――知ってたんなら教えてくれよぉ。――まぁいい。今日のトレーニングは午前で打ち切るぜ。――そうガタガタ言うな」
 ロックは、女性技術士官のシルファ・サイクと話しているのだろう。
「まだ、できますよ」
 アストは心もとなさそうに告げた。
「お前には、気分転換が必要だってことだ」
 ロックはコミュニケータをしまいながら言った。
「ちょっとロック!」
 二人の背中に、怒りを含んだ少女の声が刺さった。
「よう!」
 ロックが気軽に声をかけた少女は、目上のロックに馴れ馴れしく問いかけて、青い瞳で見下すように腕組みをして仁王立ちしていた。
「午前中のプログラム、まだ終わってないでしょ。どこへ行くつもり!」
「リシア・フェイエル?」
 アストは小さく洩らしてしまった。
 上下にややだぶついた赤いトレーナーをまとい、首からは白いタオルを提げている。それでも、サブジェクタースーツのときに見たスレンダーな身体の線は、はっきりとわかった。
 隣のトレーニングルームから出てきたばかりなのだろう。うっすらと額に汗が滲んでいる。
 長くきらめくブロンドが、後頭部で一本にまとめられていたから、別人かと思ったのだ。
 色白の小さな顔にはピンクの口紅が光る。
 ハイスクールに通っていればアストと同学年なのだが、軍人であると知っているせいか、突き放した印象がぬぐえないのがリシアという少女だ。
「なんだい、その、姑が大掃除の後の拭き残しを見つけたような目は」
 ロックは、間違いなく怒っているリシアに、ひょうきんに訊き返した。
「あと二ターンは回せるでしょ。やりなさいよ!」
 リシアはアストに向かって、シミュレータを続けろを言っているのだ。
「今朝からもう十回も墜落してるんだ。シミュレータにだってガタがきちまうさ。なぁアスト」
 ロックは、アストがリシアの問いかけに窮した隙に、言葉を挟んだ。
「だからシミュレータっていうんじゃない。だいたい、アストが装竜機に乗るなんて、わたしは認めてないわ。戦場であなたの御守りをするなんて、まっぴらゴメンなんですからね!」
 リシアは、ロックは無視して、あくまでもアストに対して一気にまくしたてあげた。
「自由に動かせるもんなら協力したいさ」さすがのアストもリシアを睨み返す。「でも、急に戦闘のプロになるなんて無理だし、サブジェクターだって確証もないんだろ。なのにいちいち怒鳴られたら、こっちこそ迷惑なんだよ」
「あなた、自分の立場ってもんをまるっきり理解してないようね」
 リシアは、アストに詰め寄ってきた。
「立場?」
「軍の最重要機密兵器のシミュレータでミスを繰り返しておいて、いつまでも学生気分でいられるわけないってことよ」
 リシアは、アストに掴みかかる勢いで迫ってくる。
「射撃の命中率は上がってきてるさ!」
 アストは、同学年の華奢な少女にガミガミ言われる筋合いはないとばかりに、言い返した。
「父親も母親も有名人だからって、いい気になってるのかもしれないけど、そんな程度でブリトランに勝てるわけないことくらいわかるでしょ!」
 リシアも負けじと反論してきた。
「関係ないだろ、そんなこと!」
 たしかに父親は惑星調査学の権威で地球にも名の通った若き博士バレス・レザであった。母親も有名女優のドネリー・ルッソだ。
 かといって、そのことが、アストの毎日を幸福にしてきたかのように言われるのは、癇に障る話だ。
 十歳のときに父を失い、忙しい母親を支えてきたアストは、身の回りのことは自分でこなしてきたし、バカにされないように勉強もスポーツも努力した。
 アクティブドールバトルの大会に何度も挑戦してきたのは、親の威光の通じないところで自分の力を量りたかったからなのだ。
「おいおい、仲良くやれよ。リシアもさ、もっとこう女の子っぽくさぁ」
 ロックが苦笑いをしながらアストとリシアの間に割って入った。
 しかし、リシアは執拗にアストの顔を間近で睨みたいのか、さらに詰め寄り、今度はロックを睨んだ。
「ここが火星だったら、アストをオースンに乗せて闘ったことは軍法会議行きなのよ。そういうこと分かってないとは言わせないわ」
 リシアはロックに対して、半分呆れ口調で言った。
「ザナドリー大佐がおれたちをお裁きになるわけがなかろう」
 ロックはリシアの怒りをさらりと交わして、笑ってみせた。
 リシアは、ロックの楽天的さに呆れ果てたのか、一歩下がった。
「装竜機は、そう簡単に扱えるマシンじゃないわ。あなたみたいな素人が、死ぬほど訓練をつんだところで、言うことを聞くものでもない。今のうちに根をあげておくことね」
 リシアは再び告げると、踵をかえし、肩を怒らせて、ツカツカとシャワールームの方に通路を曲がっていった。
「あきらめるくらいなら、最初からやりはしないさ!」
 アストは、リシアに聞こえるように叫んだ。
 ドスンという鈍い音が聞こえた。リシアが壁をたたいたのだろう。
「なんで、あぁおてんばなんだかなぁ」
 ロックは苦笑した。
「おれ、やりますよ。かならず」
 アストは、空になったカップを握りつぶした。
「お、そうだな」ロックは目を丸くした。「装竜機は気合いに応じるマシンだと思ってる。それだけは頭の片隅に残しておけ」
 ロックはスッと真剣なまなざしになった。
「気合い、ですか?」
「そ、気合だ。よっし、行ってこい!」
 ロックは大ききな平手でアストの背中を叩いた。
「行けって、どこへです?」
「好きなところ、どこでも良い。ハイスクールの仲間とでも会って来るのも良いだろう」
 ロックはそういうと、大股で男性用ロッカールームの方へと歩き出した。
「午後はどうするんです?」
「嫌だと言われても乗せなきゃいけない立場のおれが言ってるんだ。二十時には戻って来い。明日は、また遠出になるからな」
 ロックは、アストに見守るような目で語りかけると、ロッカールームに向かって歩き出した。
「あ、あの……」
 アストは、どうしていいかわからず、その場で立ちつくした。


         2
 
 赤いアクティブドールが宙を舞う。
 その放物線の軌道は衝撃音とともに途切れた。
 散在した瓦礫の一山にのめり込んだのは、軽量級とはいっても全高は七メートル、重量は五トンもある機体だ。
 周辺も一様に廃墟と化している市街地に、一瞬静けさが戻る。
 背負い投げを決めて誇らしげなポーズのまま動かずにいる鮮やかな青いボディーは、アトラス重工製アクティブドール・ビヘイビアだ。
 そこに、黄色いアクティブドールが駆け寄ってくる。
 見るものを威嚇するようなゴテゴテとしたパーツがついているが、原型はアイヅファクトリー製のエレファントタイプだ。左手についたドリルを回転させている。
 接近する勢いからして、明らかに好意的ではない。
 ビヘイビアは立ち上がると、無骨で力強いデザインのボディの腰を落としてエレファントに向かって構えた。
 六メールの機体を支える足元から砂埃が上がり、地を滑り出す。足についたターボダッシュホイールが高速回転して金属音を発する。
 ビヘイビアは、いっきにエレファントの右脇につき、左腕の電気ショックロッドでエレファントの右ひざを突き刺した。
 エレファントは、まだ疾走体制にあったから膝を砕かれてうつぶせに倒れた。だが、倒れたままの姿勢から、両腕についたフックを発射してきた。
 フックはビヘイビアの腕にからみつき、自由を奪われた。
 しかし、機転をきかせ、ビルの残骸に向かってダッシュをする。エレファントから伸びるワイヤーを、ビルの柱に巻きつかせるような軌道だ。
 滑車の要領で、エレファントをビルのひさしの下まで運び入れたビヘイビアは、腰部に装備されたマシンガンでビルのひさしを砕いた。
 エレファントはまんまとその残骸の下敷きになった。
「ステージクリア。ステージクリア」
 廃墟の街に無感情な女の声が響き渡る。
「直径五百メートルのバトルフィールドを閉じ込めたバーチャル空間の中心で、今、勝敗は決した!」
 まくしたてる男の声に煽られて歓声があがる。
「アスト・レザにかかれば、お茶の子済々だ。いやー、気分が良いねぇ!」
 デュラン・タラスは、アクティブドールバトル用の筐体を自慢げに叩いて、取り囲んだ観衆に満面の笑みでアピールした。
 天井から吊り下げられた得点板に、ハイスコアの文字がきらびやかに点滅している。
「どうした? もう一回やるのか? おい、アスト」
 デュランは、筐体から出てこないアストを気遣い、小窓を覗き込んだ。
 筐体の中には、デュランのはしゃぎようとは裏腹に、うずくまるアスト・レザがいた。
「おいアスト? おい、大丈夫か!」
 デュランは、あわてて筐体のハッチを叩く。
 アストは、反応しない。
「くそう。どうしてなんだ……」
 アストは、コントローラースティックを握り、肩を震わせながら、つぶやいていた。

         *
 
 夕焼けの近づきつつある市街地を一望できる高台の公園では、子供たちが楽しそうに遊んでいる。
 一見、穏やかに見える風景だったが、公園のレンガブロックの塀の上に座り、見下ろせる市街地には、ところどころに黒く焼け焦げた痕があった。
 作業用の足場に囲まれた住宅も多く目につく。
「おい、アスト。なんとか言えよ」
 デュランは、黙して語らないアストに業をにやしたようだ。
「ライナが、来なかったから怒っているのか? メディカルセンターは大繁盛らしい。今日だって急に呼び出されちまったんだ」
 ライナ・フォーリーは、デュランと同じ幼馴染だ。
 彼女の持ち前の根気と優しさは、メディカルセンターで多くの患者たちに愛されているに違いない。きっと、患者たちになら、お姉さん気取りで接したりしないだろうから。
 アストはそう思うと、少しほくそえんだ。
「そんなんじゃないさ」
「マギャリーがもっとうまくブリトランを追い払っていれば、ライナだってもう少しはおれたちと一緒にいる時間が……あ、わりぃ、わりぃ」
「おれに謝らなくてもいいさ」
 アストは曖昧な笑みを返す。
「惑星調査隊、うまくいってないのか? なんだかんだ言ってもマギャリーの下部機関だからな。おれも兵器は好きだけど、軍人ってのは威張っているから嫌いさ。こないだの事情聴取だって、あれじゃ犯罪者の取調べと一緒だもんな。軍事機密を盗んだスパイを尋問するような態度でやられちゃ、たまらないよ」
 デュランは、身振り手振りをまじえて矢継ぎ早に言った。
「装竜機は充分、軍事機密だよ」
 アストは、昼にリシアに言われたことを思い出し、力なく苦笑いをした。
「それもそうか。今でこそシティの守護神みたいに祭りたてられちゃいるが……」そう言うと、デュランはアストに顔を寄せてきた。「で、もしかして、調査隊でも装竜機に乗っているんじゃ?」
「それは言えないよ」
 アストは、デュランを見ずに言った。
「なるほど。ブレイバーだな?」
 デュランはニンマリしながら、さらにアストに横ばいで近づいた。
「聞いてどうするんだよ」
「いいじゃないか、アストは軍人じゃないんだから」
「……」デュランの言葉に、アストは一瞬答えに窮してしまった。「信用なくすだろ」
「お言葉だなぁ。アストから聞いたなんて言わないよ」
 デュランはケロリと言う。
「あたりまえだ」
 アストはデュランにそっぽを向いた。
「装竜機はマギャリーの切り札だ。民間人を気軽に乗せるなんて、普通はあり得ないんだぜ」
「おれを困らせたいのかよ」
 アストは、デュランの必死な形相を迷惑そうに見返した。
「アストの待遇は、どう考えてもお客さま扱いじゃないか。バレスおじさんがマギャリーにも顔が利いていたからってことだけじゃない」
 そうなのだ。
 アストはサブジェクターであらねばならないという、窮地に立たされているのだ。
 それをデュランに言っても始まらないだろう。
「どういう、意味だよ」
 アストは、わざとはぐらかすしかなかった。
「マギャリーだって兵力は無限じゃない。そこに来て、アトラス重工製のアクティブドールを自由に操れるアストは、喉から手の出るほど欲しい人材なのさ」
 デュランは、まるで自分が推薦者であるかのように言った。
「それは、そうかもね」
 アストは、デュランの手にあるバッグに張られた、大きなアクティブドールバトル大会のシールに目をやりつつ、弱々しく答えた。
「おいおい、困るな、そんなんじゃ。惑星調査隊はラビリントゥスから脱出するための手がかりを見つけるっていう、重要な仕事なんだろ。期待してるんだぜ」
 デュランは眉を下げて大げさに言った。
「期待、か……」
 アストはつぶやいた。
 デュランは知らないのだ。調査とは名ばかりで、それはブリトランとの戦闘に直結していることを。
 もちろん、それを知って、シティで怯える生活を送って欲しいわけではない。
 シティの中と外では、ラビリントゥスの現実の認識が違って当然なのだ。世の中には、知らないで済むことがたくさんある。アストはそう思った。
「そうだな。頑張るよ。そろそろだろ。遅刻するぞ」
 アストは顔を上げてデュランに笑みを返した。
 午後四時になれば、ハイスクールの生徒は、ほとんどがボランティア活動にいそしむことになっている。つい先日までは、アストもデュランとともに、転移の際に被災した建物の復旧作業に従事していたのだ。
「おっ、いけね。今度の現場監督は厳しくてさ」デュランは腕時計を見た。「でも、アストと会っていたといえば許してくれるかもな。ファンらしいからな」
「ファン? おれの?」
「ドネリーおばさんのさ」
 デュランはバックを背負いなおした。
「……ライナには、よろしく言っておいてくれよな」
「おう。また、装竜機に乗ってるってな」
「それは駄目だ。心配させるだろ」
 アストは、ローラースケートをつけようとしているデュランを叱り付けるように言った。
「なんだいなんだい。おれだって心配してるんだぜ」
 デュランは、呆れ顔で手のひらをかえすのだった。
「すまない。でもライナには言うなよ、装竜機のこと」
「了解だ。っていうか、アストこそ気をつけろよ。おれがいないとブレーキが効かないんだからな」
 デュランは右手を上げると、ローラースケートを軽く蹴りだした。
「だれが、ブレーキなんだか」
 アストは曖昧に笑って、小さく手を振った。
 手を振りながら小さくなっていくデュランの背中を見送ると、再び、街の風景を見下ろした。
「デュラン。……ライナ。おれには、キミたちを守る力なんてないのかもしれない……」
 アストは塀に立てかけておいたマウンテンバイクにまたがると、腕の時計を見た。
 文字盤に刻印されたマギャリーのエンブレムの下に刻印されたMPBDFという文字。それは、多目的装脚竜体陸戦機(multi purpose biped dragon fighter)、つまり装竜機のことである。
「いったい、どうすれば……」
 アストは、マウンテンバイクを強く漕ぎ出した。
 ゆるやかな下り坂を疾走する。
 沿道に植え込まれた樹木たちの緑たちは、アストの通り過ぎたあとの風に揺られて、カサカサと音を立てた。
 前方に、レイヤゲートと書かれた表示が点滅している。
 四輪式カート用のハイウェイが三方向から合流してくるジャンクションだ。
 天井まで届きそうな、無骨な建物近づくにつれて、四輪式カートや二輪、三輪のバイクが集まってくる。
 アストは、バイク用のレーンに入った。
 五車線を隔てた右方向には、反対車線がある。
 シティは大きく分けて四層構造になっている。
 公共施設や娯楽施設などを中心とした、レイヤ4。
 一万人の住民のほとんどが暮らす住居区画のレイヤ3。今、アストのいるレイヤだ。
 エネルギープラントや農場などの食料生産を行うレイヤ2。ゆえに、アストと同じ方向に向かうカートの中には、大型のトラックタイプも目立つ。
 最下層のレイヤ1は、マギャリーの施設で占められている。
 アルシアシティは、もともとマギャリーがおかれた都市だ。
 今こうして生きていられるのも、マギャリーのおかげであろう。
 そして、アストの寝床は、そのレイヤ1にある。
 アストは、惑星調査隊の隊員として、装竜機を乗りこなす訓練をするため、レイヤ3のアパートを離れた。
 もう一六歳である。母親と離れたことが寂しいわけではない。
 だが、アストの中には、もやが立ちこめている。
 それは、装竜機を動かすためのサブジェクターという能力が開花しないことからくる焦りだと思えた。
 装竜機を動かせたとき、必ず現れた感覚があった。
 何者かに呼ばれる感覚。それが、何者なのかわからない。
 また、なにを呼びかけられているのかも分からなかった。
 一体、誰が何を言わんとしているのか?
 しかも、訓練ではその感覚はまったくよみがえってこない。
 ただし、自分の力は、きっとみんなのためになるはずだ。不思議と、その確信はあった。
 アストの脳裏に、ライナの言葉がよみがえる。
 装竜機をはじめて動かしてしまったときに、メディカルセンターの食堂で言われたことだ。
『何のための力なのか。どうして力が欲しかったのか。今のアストは忘れているような気がする』
「そうは言ってもさ!」
 アストはレイヤを降下するための手続きをするゲートの下にたどり着いた。
 ゲート通過用のパスをパンツのポケットから取り出す。
 転移前は、ゲートの下をくぐるときに、事前登録してある認証コードがセンサーに反応して、手間をかけずに通過できていた。
 しかし、転移した後は、交通量が格段に減ったこともあり、旧世紀ばりに、ゲートに番人がついて、認証パスの番号をデータベースに打ち込みで確認する方法をとっていた。
 あえて非効率な方法を導入したのは、就労時間の確保という、重要な政策の一端でもあった。
 極めて特殊な閉塞された環境にあって、もっとも重要視されたのは、人間のふれあいである。
 シティに暮らす一万人の人々が、どんな過酷な状況に置かれても、すべて分かり合えることはないだろう。
 普通のシティの運営であれば、それは問題視されない。
 だが、現在では状況が違う。
 惑星ラビリントゥスにおける人類は、このシティに住む一万人しかいないのだ。
 ゆえに、人々のコミュニケーションから生まれる結束力は、この果てしない試練を進み行くために極めて重要だ。それが暫定政府の見解だった。
 アストには、その取り組みが功を奏すものか、わからなかった。
 たしかにいろんな場面で、従来以上に会話を用いて、ことをなすシチュエーションは増えた。
 便利さと裏はらに、コミュニケーションは犠牲にされてきた、という考え方は少しは理解できた。
 しかし、顔見知りが増えるということは、わずらわしさも増えた。
「おお、アスト。なにしょぼくれてんだ」
 門番用のボックスに座っていた初老の紳士が尋ねてきた。
 濃紺のデニムのシャツは、制服ではない。
「人が真剣に悩んでいるときに、気軽に話しかけないでくださいよ」
 アストは、むすっとしながら、認証パスを渡した。
「ははぁん。さては、彼女と喧嘩したんだな」
 紳士は下世話な薄笑いをうかべた。
「言っておくけど、いちいち通行人に話しかけてると、そのうち嫌われて異動になりますよ」
「これでもけっこう人気あるんだがな。ほれ」
 男は、にこやかに認証パスをアストに返してきた。
「惑星調査隊で働きだしたんだってな。おれも若かったら、お前の父さんよりも大発見を――」
「行きますよ」
 アストは、目の前の通行遮断バーが跳ね上がったのを確認すると、彼の話をさえぎり、マウンテンバイクを漕ぎ出した。
 アストは、トンネル内を照らす、オレンジのランプの灯かりに包まれた。


         3

 透明なA4サイズのプレート式モニターが、オレンジを基調にしたページを表示する。
 画面中央部には、マーズギャリソン・コンフィデンシャルのロゴ。その下にある、数文字を打ち込める空欄に、アスタリスクが八回入力された。
 トップシークレットの肩書きがついたデータベースのインタフェース画面が現れる。
 マウスポインタが向かった先は、「サブジェクター」の項目。
 Aのリストにある名前を選択する。すぐに少年の上半身が抽出されて映し出された。
 藍色の髪は無造作だが、流れるまとまりを持っていて、黒い瞳は真実を見極めようとする情熱が垣間見える。
 着用しているライフジャケットは、惑星開発研究所が一世代前に採用していたタイプだから、さしずめ父親から譲り受けたものだろう。
 鍛え抜かれた毛深い腕が伸びて、モニター上のアナウンス機能のボタンを押した。
「アスト・レザ。一七七年生まれ。一六歳。マーズイーストハイスクール・地質学コース在籍。一八九年から現在かけて各種のADバトル大会で多くの賞を獲得。父親は惑星調査学者バレス・レザ。一八七年に逝去。母親は女優ドネリー・ルッソ。第一・第二細胞適応試験および一九三年第二クォーターの臨時適応試験での適合性、ゼロパーセント。特記事項。MPBDF―05搭乗時にゴーストリンクを確認。同01に搭乗時はバースト現象により気絶。サブジェクター要素、確認中」
 データベースは無感情に情報の朗読を終えた。
「いったい、どうやってリンクしたというのだ」
 ガロア・ロウトは形の良いスキンヘッドをひとなでした。
 イスの背もたれを深く倒し、天井を仰ぎ見る。
 少佐用の飾り気のない簡素な執務室だが、家族のいないガロアにとって、もっとも気分が休まる場所だ。
「再現性がなければ……」
 ガロアは、モニターに写ったアスト・レザをもう一度、うらめしそうに見る。
 アストは、間違いなく、装竜機とリンクした。
 特に五番機のブレイバーとは、機能を最大限に発揮するゴーストリンクまで達している。
 ブレイバーは、装竜機開発の最終段階として前四体のデータをもとに設計された決定版だ。
 だが、起動トラブルが多発した。
 装竜機開発チームは、ただの金食い虫だとさげすまれたことは記憶に新しい。
 装竜機は、全高十五メートルの機体にサイバネティスク技術がふんだんに導入され、肌色の特殊セラミック装甲の視覚効果も手伝って、巨神さながらの風貌だ。
 マギャリーの誇る多目的装脚陸戦機、通称アトラスの発展型といえばそうなのだが、機体各所に露出している多目的換装用ラッチと機体剛性を保つためのフレームがメカニカルな印象を与える一方で、関節各部は赤い筋肉が艶かしく伸縮するために有機的にも見える不思議な外観を持つ異質な兵器。
 実験機として五体製造された装竜機だったが、結果的には兵器としてはオーバースペックであり、メンテナンスも複雑で、なにより現実的な運用局面がないなどの理由から、闇に葬られていた。
 しかし、ブリトランとの接触は、装竜機を必要とした。
 ブリトランの兵器の破壊力、機動力は、アトラスタイプや他の装備だけで太刀打ちできるものではなかったからだ。
 運用リスクは高いが、複雑な地形を持つ局地戦で高い性能を発揮できる装竜機こそ、人類の希望とならねばならなかった。
 装竜機の特別性はその外観ばかりではない。
 その操縦方法こそ、はかり知れない可能性を秘めている。
 装竜機は、特殊な適合性を持つパイロットが接続されることで、パワーレシオに換算すると、アトラスタイプの三十倍という比類なきポテンシャルを発揮できるのだ。
 地球圏外の生命体組織と接続可能な素養をもった人間。そしてパイロット特性を持ち合わせた者。軍はそれらの者をサブジェクターと呼んだ。
 サブジェクターは、装竜機をコントロールする中枢システムである「竜眼」と呼ばれる有機体に感応できなければならない。
 そういう装竜機のパイロットになる。それがアストに課した命題だった。
 ガロアとて良識ある一市民である。
 素人をいきなり軍人に仕立て上げることの無謀さはわかっていた。
「猶予は残されておらんのだ」
 ガロアはモニターに語りかけた。
「ガロア少佐、ウィラです。よろしいですか」
 インターフォンからのいくぶんハスキーな艶っぽい声は、ウィラ・ウィンド少尉だ。
「入れ」
 ドアが開き、グレイのスカートが見えると、ガロアは背もたれを戻した。
「少佐……」
 ウィラは部屋に入って来たが口ごもった。
 ウィラは極めて美しかった。軍関係者であった母の影響でマギャリーに志願したというが、もともと才女であったのだから他に選択肢もあったろうにと思う。
 それを言えるのはガロアの自慢だ。
 褐色の肌は知的さを強調しているし、ショートボブのブルネットの髪は微かな光も反射していて、印象的な瞳は手入れされた細い眉のおかげで際立っていた。
 すらりとした鼻稜と、ややアンバランスな厚めの唇は、突き放した印象を和らげることに役立っていると言えるだろう。
 それゆえに、シャープな顎の線をもっているにも関わらず、愛くるしさを漂わせているのだ。
 スタイルも、いわゆるSカーブという表現が似合う者を他に知らない。
 そのウィラが浮かない表情で入ってくれば、心配にもなる。 
「また、良くない報告のようだな」
 ガロアは、苦笑した。
「少し。朗報もありますけど……」

         *

「悪い冗談だと思いたいな。遺跡の金属盤に描かれていたと説明されて、信じられるものではない」
 腕を組んだガロアは、目を閉じて自問した。
「ブリトランの機動兵器も、駆動原理は装竜機と同じ筋肉組織のような有機体で構成されているようですし」
 ウィラの言ったことは、ガロアとて想定はしていた。
「それにしても、出来すぎた話だとは思わんか」
 ガロアは、たたずむウィラを見ながら、自分の腕をゆっくりと何度も伸縮させた。
「わたしたちが、こうやって生きながらえている時点で、どんなことにも必然があると思えてきます」
 ウィラは、胸に抱えたファイルを持ち直した。
「君たちの予想が正しかったわけだ」
 ガロアの神妙さの尺度である眉間のしわは、盾に三本になった。
「でも、こんなに鮮やかに描かれてしまうと……」
 ガロアとウィラの見る、壁のモニターに映し出された映像は,ゴリラのようなシルエットだ。
 ヒトと比べれば下半身と比較して上半身が異様に大きい。
 上半身とは不釣合いに長い円筒が頭部だろうか。
 腕は先の方にいくにしたがって太くなり、球体になる。指はない。
「浮き出た絵柄が、重要なメッセージと捉えたとしたらどうだ」
 ガロアは、顎をなでた。
「装竜機システムを持つ者への?」
 ウィラは不安げな顔で脚を組みなおした。
 明らかに都市文化を順調に営んでいたであろう文明が、突如、ダモクレスソードという地形上に転移してきたという判断は、険しすぎる岩盤の上に危うさを残したまま置かれたように存在していた状況からして間違いないだろう。
 また、金属盤に情報を記録するのが一般的な文化だったたという痕跡は、他に発見できなかった。
 ならば、敢えて金属盤に特定の波長を通すフィルターでなければ見ることの出来ない記録方法を使った意図はどこにあるのか。
 自分たち以外の文明に、何かを伝えようとしているのではないか。しかも、ある一定以上のテクノロジーをもった文明に対して。
「それが、良い伝言だといいのですけれど」
 ウィラは、ガロアのデスクに置いてある装竜機のマスコットフィギュアを見て小さく笑った。
「現れる機動兵器が皆、装竜機と似通っているというのは喜べない話だ。風評の種が増えるのは状況を混乱させるだけだからな」
「せっかく守護神で売り出そうとしてるんですものね」
 ウィラは表情を変えないガロアに、笑みを返してきた。
 あくまでも実験体であった装竜機は、ブリトランのシティ進入に対抗するため、実戦部隊として運用されるに至った。
 しかし、その特殊な操縦方法と未知のテクノロジーに依存している装竜機を操るサブジェクターは、ともすれば通常兵器を扱う部隊からは異端者的に見られることもままあるのだ。
 今や装竜機中隊は、名実ともにシティの人類の運命を左右する防波堤となっているのは名実ともに間違いない。
「今は信頼を得ることが大事だ。ソロンたちにもいらぬ心労はかけたくない」
「金属盤のこと、ブロードキャストへは、まだコメントしませんよね?」
 ウィラの細い眉が下がったように見えた。
「装竜機の存在を知った市民の反応はさまざまだ。すべてを公開することが必ずしも調和を保つとは限らない。それに、放送屋というのは、スクープやスキャンダルを嗅ぎまわっているものだからな」
 ガロアは、釘を刺すように言った。
「ずいぶんな偏見ですね」
 ウィラは、クスクスと笑った。
「さんざん叩かれた経験があれば、信用できる相手ではないとわかる」
「そうかもしれませんが、今は味方につけておかなければ、損をします」
「おいおい発表せざるを得ないときも来る。で、朗報のほうを聞こうか」
「はい。四番機用のパワーアームですが、バイタルサインとの同調テストを明日に行いたいと、開発班から要請が来ています」
「予定より三日早いな」
 ガロアは怪訝な顔で訊きなおした。
「エシュ・アシャンティーのサブジェクター登用の目処がついたため、各機体のコンフィグレーションの変更が前倒しできそうだということです」
 ウィラは手にしていたクリップボードをスタイラスで突つきながら言った。
「ふむ」ガロアは、少しうれしそうに頭をなでた。「いいだろう。ロックをシティに残して、アストにはレナードをつけよう」
「明日の朝、伝えます。これで、五機とも使えるようになりますね」
 ウィラも笑みを浮かべた。
「神は我々を見放してはいないと思いたいな。ところで、アスト用のスーツの調整はどうなってる?」
 ガロアは、思い出したようにウィラに訊いた。
「明日の出発には間に合いません。それより心配なのは彼の精神状態です。一昨日の戦闘では、かなりショックをうけたようですし」
「チャンスは舞台に立っていてこそ訪れる。その回数は多い方がいい。予定通り、アスト・レザは出発させよう。ロックからのレポートを読んだが、まだなんとも言いようがない。荒療治にも限度はあるがな」
 ガロアは重々しく言った。
「解析班にはリンク現象の究明をいそがせます」
「よし、今日はもう休んでくれ。四番機のテストには私も立ち会おう。エシュにも面会をしてこよう」
 ガロアは机上のプレート式モニターの電源を落とした。
「わかりました。では」
 ウィラは敬礼をすると、踵を返し、色香を乗せた躯を司令室のドアに向かわせた。
 ガロアは、ショートブーツの軋む音とドアが開閉する音を聞き流すと、深いため息とともに背もたれを倒し、天井を仰ぎ見た。
「転移とブリトラン。装竜機とアスト・レザ……バレス博士、あなたは、どこまでご存じだったのですか」
 ガロアは天井の向こうに、今は亡き尊敬する遺影を思い浮かべ、ひとりごちた。


         4

 ブリーフィングルームに置かれた三〇の席はすべて、軍のジャケットを着た男女で埋まっていた。
 壁一面のスクリーンには、歯抜けのある地図が投影されている。いまだ調査の入っていない未開の土地が多くある証拠だ。
 地図の中心はアルシアシティ。席に座れずに壁に寄りかかり腕組みしている兵士たちは、揃ってこちらの存在を訝っているように思えた。
 アストとロックは、部屋の後ろの壁に陣取っていた。
 アストは最初、最後列に座っていたのだが、アストの後ろに立っていた屈強な男が咳払いをしたので、アストは思わず席を立ってしまったのだ。
 ロックはアストに目配せをしてきたのだが、どかないで座っていろと言われても、気まずさを少しでも減らすには、立っていたほうが良いと思えた。
「以上がディープグリーン調査の概要だ。何か質問は?」スクリーン脇に立つガロア少佐が室内全体を見渡した。「では、各班ごとに分かれて詳細を確認してくれ」
 ブリーフィングはアストにとって興味深い内容だった。
 そして、報告されていく遺跡の映像とブリトランとの戦闘データの解析イメージを見るにつけ、マギャリーのスタッフたちが惑星調査隊と称していた組織は、アストの思い描いていた学術団体などではなく、命を張ったプロの軍事集団だったという事実をあらためて思い知らされた。
「洞窟の中の都市、それって転移してきたんですよね」
 アストは、部屋をでながらロックに訊いた。
「だろうな」
「そのなかにある水晶の柱の回収。転移現象に関係があるんですか?」
「それは持ち帰ってみないとわからんらしい。てか、おまえ、イキイキしてるな」
 ロックにそう言われて、アストは少し照れた。
「そ、そうですか?」
「今日は陸路だ。あいつは空よりも揺れる。舌をかまないように、キリッといこうぜ」
 ロックは笑顔で窓の外を見下ろした。
 シティの壁には、接岸している褐色の輸送艇があった。
 シルエットとしては胴長のかたつむりのようだが、物資の積み込みをしている陸戦機と比較すると、かなり大きなものだ。
 軍事マニアのデュランならエンジン出力なども正確に言い当てたであろうが、アストには検討もつかなかった。
「全長は七〇メートル。全高三〇メートル。乾燥重量百トン。マギャリーの誇る大型艇アイアンスライダだ。ま、見てのとおりポンコツだがな」
 ロックは笑いながら言った。
「ポンコツは余計だな、ロック」
 そう言ってきたのは、アストよりも頭ひとつ背の低い、蛙のような表情の男だった。大きめの偏光式ゴーグルを額まで上げていて、短い白髪もそうだが、顔にきざまれた皺からして、ベテランの風格があった。
「おっと、口がすべった」
 ロックは大げさに両手で口を塞いだ。
「半年もまともなオーバーホールなしで稼動させてるんだ。彼女のおかげで遺跡の研究も進んでる。悪口を言うと機嫌を損ねるぞ」
 男は輸送艇をいとおしげに見下ろした。
「彼女、ですか……」
 アストは愛しの君を見直した。
 船を女性名詞で呼ぶことがあるとは聞いていたが、アイアンスライダの分厚そうな装甲は軍用然としてるし、無骨そのもので、とても女性らしくは思えなかった。
 剥げた塗装と、ところどころにある傷のせいもあり、かなり痛んでいた。きっと、何度もブリトランとの交戦を潜り抜けてきたのだろう。
「ドミンスキー・ゼノアだ。装竜機のメカニックマンのチーフをやってる。大将の噂は聞いてる」
 ドミンスキーは、油がしみついたゴツイ手で握手をもとめてきた。
「お、お世話になっています」
 アストは、やや中途半端な挨拶になった。
「おやじさんもディープグリーンへ?」
 ロックが不思議そうに訊いた。
「あいつを持っていくからさ」
 ドミンスキーは、窓の外を親指で指差した。
「あの、メンテナンスハンガーは?」
 アストは思わず声をもらしてしまった。
 船体後方にあるペイドーロベイに積み込まれようとしているのは、装竜機用のメンテナンスハンガーに違いない。
「ブレイバーを持っていくんですか?」
 ロックも唖然としたようだ。
「大佐のお達しだ」
 ドミンスキーは頭を掻いた。
「ザナドリー大佐は、おれをブレイバーに乗せようというんですね」
 アストはロックとドミンスキーの顔を交互に見た。
「そうだが、大将が乗ったあの日以来、スタンドアローンからそれ以上にシフトしなくなっちまったんだ。シルファも手をこまねいてる。おれにも、お手上げだがね」
 ドミンスキーの呆れようは心底手を焼いているのだと想像できた。
「なら、積んでいってどうするんです?」
 ロックは訝しげに外の輸送船を見下ろしながら訊いた。
「遺跡の運搬ぐらいはできるだろ」
 ドミンスキーは腕を組んで、アストを下からなめるように見た。
「まさに惑星調査隊本来の仕事ってわけだ」
 ロックは微笑んで、アストの腰を軽く叩いた。
「はい」
 アストは輸送艇に入っていくブレイバーを食い入るように見つめた。
 今度、実機に乗れれば、モードシフトできるかもしれない。そう思えた。
「うれしそうじゃないか、小僧」
 アストの耳に、聞き覚えのある中傷めいた声が聞こえた。
「うるさいのが来たな。出発前にもう一度、装竜機のチェックをするとしよう」
 ドミンスキーはアストの後ろから近寄ってくる男に、わざと聞こえるように言った。
「おれの陸戦機もちゃんと診てくださいよ!」
 男がドミンスキーに向かって言った。
「レナード・ナセアは乱暴者だからなぁ」
「限界性能を引き出していると言ってるでしょ!」
 レナードの怒号に、ドミンスキーは笑いながら応え、「がんばれよ、大将」とアストに声をかけて廊下を曲がっていった。
「あなたは……あのときの」
 アストは反射的に嫌悪感を露わにしてしまった。レナードは、装竜機に乗るきっかけになったブレイバーがシステムダウンを起こした時のパイロットだった男だ。
 そのときに着ていたイエローのパイロットスーツの上に、マギャリー支給のブラックのジャケットを羽織っている。
 頭部にまかれた医療用ネットが痛々しかったが、ブリトランの攻撃を受けて負傷した傷は、思ったより軽症か、それとも回復が早いのか、すでに癒えているように見えた。
 細身というよりも締まった体系。彫りの深い表情。薄い金髪の眉に沿うようにある細い目は、薄ら笑っているようで、けっして笑っていない。
「もういいのか?」
 ロックが、久しぶりにあう友人を迎えるような目で声をかけた。
「すっかり、なまっちまったよ」
 レナードは軽く首をならすように振って、アストの脇までくると、いかにも見下すような視線を向けてきた。
「無事で、良かったですね」
 アストは、そう言った後、レナードの気に触るようなニュアンスになってしまったことを自戒した。
 初対面のときに、バカにされてヘルメットを前後逆にかぶせられた鮮明な記憶がそうさせたのだ。
「顔には、そうは書いてないな」
 レナードは見透かしたようにアストの顔に向かって、指で文字を描くように空を切った。
「そんなこと……」
 アストはレナードから視線をそらさず言い返す。
「いいだろう。今日は、オレにしたがってもらうんだからな」
「おまえが出るのか?」
 ロックは多少驚きまじりで言った。
「ロックは別件対応になった。サブジェクターでなけりゃ、イカンらしい」
 レナードは流し目でアストを射抜くように見た。
「そ、そうか」
「すぐにもウィラあたりから連絡が入るだろう」
「あなたが、コーチ、ですか」
 アストは口篭もりつつ、訊いた。
「民間人がニ回も装竜機に乗って命拾いしたと聞けば、勝利の女神の存在も信じたくなる。だが三回目があると思うな。ようはまぐれだ。まぐれは三回は続かん」
 レナードは、既成事実を盾にとって攻め立てる悪徳検事のようにオーバーアクションで言った。
「あんまりいじめんでくれよ」
 ロックは苦笑いで仲裁に入った。
 アストは、レナードの悪態は今に始まったことではないのだろうと思った。
「装竜機を乗りこなしたいのだろ? なら、オレの話を素直に聞けば良い。それが出来ないなら、ハイスクールに戻りな。返事は?」
 レナードはアストに即答の間を与えず大きな声を発した。
「……」
 アストは反応しなかった。というよりも拒否をした。
「あはははは」レナードはアストに背を向けたまま、声高に笑い、右手で軽く挨拶をすると、「まぁ、せいぜい、親の七光りとやらを見せてくれよな」と付け加えて、廊下にあるエレベータに乗り込んでいく。
「なんて人だ」
 アストは拳を強く握っていた。
「悪いな。だが、あれでも信頼できる仲間なんだ」
 ロックが申し訳なさそうに顔をしかめる。
「どっちにしろ、トレーニングは必要なんです」
 アストは憤りを隠せずに、口をとがらせた。
 次のブリトランとの戦闘も遠い未来ではないと容易に想像できた。惑星調査隊は非武装で活動する組織ではないのだ。
 であれば、ガロア少佐が差し出してきたレナード・ナセアという男に装竜機の操縦を学ぶことは損ではない。
「ソロンも同行する。心配するな」
 ロックは慰めるように言った。
「ええ」
 アストは装竜機隊のリーダー、ソロン・ウェバースの名を聞いて、いささか安心したものの、レナードのことを思うと、返事も口ごもった。
「ブレイバー……」
 アストはアイアンスライダを見下ろした。
 その中には、装竜機五番機ブレイバーがいる。
 偶然に居合わせたMG倉庫区画で、はじめて会ったアストに呼びかけてきたブレイバーが。
「こんどは、おれに応えてくれるのかい?」
 アストは、装竜機から送られてくる不思議な感覚を期待して問いかけたが、何の音沙汰も帰ってはこなかった。

後半につづく


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