小説「装竜機ヴァイアトラス」 -
EP01 目覚める竜の力(後半)


 マギャリーによる防衛戦は、あっさりと突破された。
 三機の所属不明機は、ドームの壁を破り、シティ内部に侵入する。
 巨大なフナムシを連想させる所属不明機から、白い羽虫が産み出されるように分離した。羽虫は、白いボディを中心に数枚の羽根のような突起で構成されるフォルム。その羽根のうち二枚はどうやら足のようだ。地面に着地した巨体を支えている。先端にマニュピレーターを備えたヒレも二枚ある。二足二腕の昆虫と表現すればいいだろうか。言ってみればヒト型機動兵器そのものである。
 フナムシは二足歩行の昆虫を切り離すと、すぐに、進入路から撤退し、ドームの外に出ていってしまった。
 身長およそ十五メートルの二足歩行の昆虫は、行く手を阻もうと出動した陸戦機を無視するように、あまりにも身軽に移動しながらシティ各所に散って行く。
「陸戦機では相手にならんな」
 中隊司令室で状況の報告を受け、ガロアはつぶやいた。
 装竜機中隊中隊長、ガロア・ロウト少佐は、オペレータの報告が、騒がしく交錯する中、じっと指揮座に腰を降ろしていた。
 モニターには、前線から送られてきた途切れ途切れの映像が映っている。レイヤ3の住宅街を我が物顔で闊歩する所属不明の機動兵器。それを排除しようと陸戦機が攻撃をしかけ、反撃を受けてバランスを崩す。住宅エリア隣接の公園に倒れ込み、遊具を破壊した。
 無様な、と声に出さずにつぶやく。それでも、ガロアは動かない。動く権限がない。
 彼が指揮する中隊は、封印され、実戦を禁じられた実験部隊。独自の判断で隊員を招集し、戦況をモニタしているが、それ以上の行動は許されない。いや、これだけでもマギャリー上層部の何人かは、出すぎた真似だと不快感をあらわにするだろう。だが。
「そろそろか」
 小さくつぶやいて、ガロアはモニターから視線を外した。傍らの副官を呼ぶ。
「大尉」
「はい」
 女性の声が応える。装竜機中隊副長、ウィラ・ウィンド大尉。ガロアの片腕だ。
 味方がやられるのを黙ってみているしかない立場は、彼女も同じ。表情に焦りの色が浮いている。
「装竜機各機の状況は?」
「1番から3番機、サブジェクター及びガンナーの搭乗が完了しています。スタンドアローンモードで待機中」
「5番機は?」
「起動実験のため、C1実験場に運び込まれています。ですが、5番機には専用のサブジェクターがいません。実戦は――」
「レナードを乗せろ。スタンドアローンで参戦させることもありえる」
 レナード・ナセア少尉は、5番機の暫定パイロットだ。陸戦機乗りとしては一流の腕を持っているが、装竜機操縦に必要なのは技術ではない。
「1番から3番機に通達。操縦モードをゾンビリンクに遷移」
「は?」
 ガロアの命令を、ウィラは目を丸くして聞き返す。
「作戦本部から、出動許可はおりていません。ゾンビリンクの制限時間は……」
「許可ならすぐおりる」
 ガロアがそう言ったと同時に、作戦本部からのコールがあった。
 正面にある大型モニターに受信映像を映す。筋肉質の体を軍服に包んだ、威圧感のある男の姿が写し出された。転移後の軍隊を指揮する、ザナドリー・ワーズマン大佐である。
「ロウト少佐。状況は把握しているか?」
「ええ。何もできませんが、情報だけは入ってきますよ。ブリトランですね?」
「他にあるまい」
 ザナドリーの表情は苦い。
 これまで、この惑星に先住民の存在する痕跡は確認されていた。彼らのことをブリトランと呼称していたが、詳細は掴めず、コンタクトもできていなかった。一応の警戒はしていたものの、このような奇襲を仕掛けてくるとは、いや、奇襲を許してしまうとは、予想外だった。
「装竜機3機は出撃可能です。大佐」
 表情を消して、ガロアは促す。ザナドリーはうなずいた。
「現時刻をもって、装竜機実験中隊は司令部直属の機甲中隊に編入する。シティ防衛のために直ちに出撃し、シティ内のブリトランを排除せよ」
「拝命致しました」
 ガロアは敬礼して応える。
「今回は、お墨付きの出撃だ。頼んだぞ」
 ザナドリーも敬礼を返すと、その姿がモニターから消えた。
「と、言うことだ」
 してやったり、と言いたげな笑みを浮かべて、ガロアは傍らのウィラに視線を送った。
 ウィラはすでに、操縦モード遷移の命令を、各機に伝えている。ザナドリーとの通信中に行ったのだろう。待機中のサブジェクターから、遷移完了の報告が上がってくる。
 アトラス重工によって開発された新型機動兵器、装竜機。二年前のクーデター未遂事件で、軍の命令を受けないままに無断出撃し、これを鎮圧。命令無視が問題となって、一時研究が凍結された。その後も、軍事バランスを崩すことを危惧され、隠し続けられた実験部隊。それが今、表舞台に出ようとしている。
 ガロアは、装竜機を駆るサブジェクター達に自ら言葉をかける。状況を伝え、作戦を指示する。そして、命令を下した。
「装竜機隊、出動」
ガロアの声に続いてウィラが復唱する。
 格納庫のハンガーに吊された全高十四メートルの巨人が三体。それらが一斉に低いうねり音を響かせると、肩のハンガージョイントが外れ、凹凸の少ないなめらかな装甲の脚がゆっくりと、一歩目を踏み出した。

          *

 爆発音が大気をゆさぶり、倉庫の一つが炎に包まれた。
 軍事施設の並ぶレイヤ1。エリアを仕切る隔壁が破られている。レイヤ1の天井から消化剤が放出されているが、鎮火にはいたっていない。
 装甲に炎の色を映し、四機の機動兵器が無骨な建築物の間でにらみ合っていた。
 うち三機は同じデザイン。金茶色の重厚なフォルム。砲塔を背負ったその姿は、手足を付けた戦車のようにも見える。一般市民にもよく知られたマギャリーの主力兵器、陸戦機だ。
 だが、残る一機は陸戦機と比べ、異質だった。全身に羽のような突起を持つ白い機体。その昆虫のような姿をみて、デュランは「シロアリみたいだ」と評した。
「あんな機動兵器、見たこともない」
 遠目に眺め、デュランはつぶやいた。軍事マニアのデュランさえ知らない機体らしい。
 白い機動兵器――シロアリを取り囲んだ陸戦機は、戦闘の構えを見せる。これ以上の施設破壊を防ぐためか、火器の使用は控えている。だが、演習などではあり得ない、実戦の気配。
 一機が、腕を振り上げシロアリに掴み掛かった。それを合図に他の二機も動く。
 しかしシロアリの動きは陸戦機よりも早い。背中のヒレは姿勢制御バーニアらしい。レイヤ1の天井すれすれまで飛び上がった後、複雑な軌跡を描いて陸戦機を翻弄する。マニュピレータの付いた長いヒレで陸戦機を突く。先端から火花が散り、ダメージを与えた。追い討ちに爆雷を撒き散らし、連続した小爆発が、炎を拡大させた。
 戦況は一方的だった。
「くそ、ブリトランめ。好き放題やりやがって」
 慌ただしく走り回る整備兵が、アスト達の傍を通りすぎる時、そう吐き捨てた。
「ブリトラン……?」
 それがあのシロアリの名前だろうか? それだけでは何者なのかわからない。ただ呆然と、アストは正体不明の敵を見上げた。
 黄色いカラーリングのADが、こちらに走ってくる。レナードという兵士が乗り込んだヤツだ。まっすぐアストの方へ、いや、目指しているのはアストの背後にそびえる建物。
 それは大きな倉庫のように見えた。三、四階建のビルさえ運び込めそうな、大きな搬出口が開いている。倉庫から女性が一人走り出してきて、搬出口で声を張り上げる。
「レナード、いそいで!」
 二十代後半くらい。白衣を来た美人だが、今は焦りの表情で腕を振り回している。
 ADが彼女の前で急停止し、パイロットのレナードが顔を出す。
「大丈夫なのか、シルファさんよ。ちゃんと動くんだろうな」
「竜筋の暖気はされてるわ。スタンドアローンなら動くはずよ。理論的には」
「……頼もしいお言葉で」
 いやみを一言残し、レナードはADから飛び降りた。女性と共に倉庫の奥に駆け込んでいく。
 入れ替わるように、倉庫からトレーラーが出てくる。積んでいるのは、陸戦機のオプション武装だと、デュランが言った。
 アストは戦いに行く兵士達の後ろ姿を、唇を噛み締めながら見送った。
 ――またなのか? また、おれは、何もできないのか?
 爆発音と火災が、既視感を誘う。半年前と同じ、やるせない思いが蘇る。父の形見のペンダントを握りしめる。
 ――みんなが戦ってるのに、役に立たなきゃいけないのに。オロオロしているしかないのか? あの時みたいに。
 シロアリを囲む陸戦機の数は増えている。なのに、シロアリを捕まえられない。もてあそばれている。
 ――力がない。力が欲しい。英雄になれる、力が!
「え?」
 不意に、誰かに呼ばれたような気がして、アストは振り向いた。大きく開かれた搬出口のむこう。倉庫の中は照明が切れているのか、暗くてよく見えなかった。だがそこに、アストを呼んだ何かがいるような気がした。
 闇の中に、三つの光が浮かぶ。それが目だと、アストにはわかった。重量のある何かが、地面を踏む音。並んだ三つの光がゆっくりと近づいてくる。搬出口から差し込んだ光によって、そのシルエットが浮かび上がる。
「あ……」
 デュランも、それに気付いた。二人の少年は、言葉もなく見上げた。
 身をかがめて搬出口をくぐった巨人が、光のなかに姿を現した。
「装竜機だ」
「ソウリュウキ?」
 意味が分からず、アストはデュランの言葉を繰り返す。
「噂の新型機動兵器だよ。アトラス重工、六番目のCAMACプラン。コードネーム、ヴァイアトラス」
「――ヴァイアトラス」
 その名をつぶやいて、アストは巨人を見上げた。
 陸戦機とはあまり似ていない。肌色の装甲が、全身を覆う。装甲の隙間、肩や肘、腰、膝といった関節部分は、赤い素材が束ねられている。武器は持っていない。素手で歩みを進めるそのフォルムは、限りなく人間に近く、スレンダーな印象を与える。
 アストを呼んだのは、この機体なのだろうか? よくわからない。解答のでないまま、装竜機はアストの前を通りすぎる。シロアリと陸戦機が戦う戦場に足を向け、そして突然、動きを止めてしまった。
「レナード、どうしたの?」
 倉庫の奥から、スピーカーを通した女の声が響いた。さきほどシルファと呼ばれた人の声だ。装竜機のキャノピーが開き、レナードが呆れた表情を見せる。
「システムダウン。ったく、パイロット冥利につきるよ」
「機動トラブル? スタンドアローンモードなのに」
 シルファの声にも、慌てた様子がにじむ。
 その時、アストはシロアリが接近してくることに気付いた。動かない装竜機を目標に定めたのか、跳躍し、姿勢制御バーニアで加速して近づいてくる。
 最悪なことに、危機は、シロアリの背後にあった。置きざりにされた陸戦機が、左肩の砲を動かしたのだ。シロアリの背中を狙っている。その先には、アストとデュランもいるというのに。
「嘘だろ!」
 とっさに、アストはデュランにタックルした。二人の少年が、倉庫の陰に飛込む。
 陸戦機が発砲した。シロアリには当たらなかった。レナードが乗り捨てたADを直撃する。燃料に引火したか、赤光を発し……。
 一瞬後、ADが爆発した。

          *

 レイヤ2は、工業プラントやリサイクル施設、水耕プラント等の並ぶエリアだ。完全自動化された農場はかつての牧歌的な面影は無く、ピラミッド型の棚に整然と並べられた水耕プラントに植えられた農作物が、光合成に最適化されたLEDの冷たい光を浴びて成長している。
 ただ、レイヤ2にも古い時代の農場はある。人の心を育む農場だ。
 レイヤ2の数エリアを惜しげもなくブチ抜いたそこは、三〇メートル上の天上にある人工太陽から燦々と暖かい光を農場に降り注いでいた。
 こげ茶色の広大な畑には、光を受けて大きく育ったキャベツの緑が整然と並んでいる。
 だが今、その調和は乱されていた。収穫前の作物を踏み潰し、白いヒレのような足が、柔らかく耕した地面に足跡を刻む。ブリトラン機はここにも侵入していた。
「これ以上は、好きにさせないんだからね」
 畑の真中に立ち止まったブリトラン機を前に、リシア・フェイエル少尉は啖呵を切った。もちろん、通信規格も言語も違うであろうブリトランに、その言葉は伝わらなかっただろうが。
 彼女の駆る機体は、装竜機3番機、愛称アーリアン。限りなく人に近いスレンダーなフォルム。関節に束ねられた赤い素材は、装竜機に共通する特徴だ。オプションパーツの二次装甲を装備し、手には長さ十五メートルに達するロッドを握る。畑に足を踏み入れ、敵のブリトラン機と睨み合っていた。
 ブリトラン機を挟撃する位置に、装竜機2番機イシュテーンの姿がある。細部のデザインは違うが、アーリアンとよく似た機体。ただし、手に持つのは中世ヨーロッパの騎兵が使うようなランスだ。
『リシア、行ったぞ!』
 通信機から警告の声が響く。サブモニターに映るのは、イシュテーンを繰る若い男の顔。ソロン・ウェバース中尉。バイザー越しの表情が、いつにも増して険しい。
 ブリトラン機が、アーリアンに向かって跳躍した。空中にありながら、バーニアで軌道を変える、トリッキーな動き。だが装竜機の反応速度に比べれば、遅い。
 リシアはわずかに重心をずらし、ロッドを繰り出した。ロッドの先がブリトラン機を捕える。腕を返して、叩き落とす。
 土煙が上がった。ブリトラン機落下の衝撃が、畑の土を舞い上げる。それが治まらぬうちに、跳ね起きるブリトラン機。だがその時にはすでに、装竜機2番機イシュテーンが距離を詰めている。
 イシュテーンのランスがブリトラン機を貫く。それで、戦闘は終わった。
『目標、沈黙』
 ソロンの簡潔な報告が、通信機から流れる。
 リシアも緊張を解いた。後始末をマギャリーの処理班に任せ、他のレイヤにいる仲間に通信回線を開く。
「ロック。こっちは終わったわ。そっちはどう?」
 呼び掛けると、サブモニターの画面いっぱいに、不敵な笑みを浮かべた男の顔が映る。装竜機1番機オースンのパイロット、ロック・タイガ中尉だ。
『リシアか。こっちもすぐ終……のわっ』
 画像が乱れ、ロックの顔がサブモニターから消えた。そっちに回った!とロックに指示を出す声が聞こえる。陸戦機のパイロットだろう。
 1番機は陸戦機と組んで、レイヤ3に侵入したブリトラン機を相手にしていたはずだ。苦戦しているらしい。
「助けに行ったほうがいいかな?」
『忘れたのか、リシア。敵は三機だぞ』
 リシアのつぶやきを聞き付け、ソロンが忠告する。
 シティに侵入したブリトラン機は三機。それぞれレイヤ1から3に散った。レイヤ1のブリトラン機は、陸戦機で足止めしている状態なのだ。救援に向かうなら、レイヤ1だ。
「そうでした」
 リシアはうなずく。
『くぅー、脅かしやがってシロアリ野郎が』ロックから通信が入る。『そっちはレイヤ1に向かってくれ陸戦機だけじゃもたないからな』
 要するに、こっちの心配はいらないと言っている。ソロンは、ロックの判断に信頼の笑みをためた。
 イシュテーンとアーリアンは軍用エレベータに乗ってレイヤを下り戦場に急行する。
 事実、レイヤ1では救援を必要としていた。

          *

 爆発音と火災は、半年前の惨状を思い出させた。転移の直後。あの、惨憺たる光景。
 地震の収まった街に火災が発生したらしい。倒壊しかけた歴史資料館から脱出したアスト達の行く手を、炎の壁が塞いでいた。道がないから、運び出したけが人を病院に運ぶこともできない。いや、それ以前に、助けを必要とする人が溢れている。
 女の子が倒れたまま動かない母親にすがって泣いていた。別の一画には、地震のために崩れた塀が見える。その下から人間の足が覗いており、赤い液体がゆっくりと周囲に広がっていく。
 助けを求める声が満ちる。爆発、炎、悲鳴、うめき……。
 あの時も、アストは何もできなかった。炎に閉じ込められ、ただ救助を待つことしか。
 助けを求める声に応える力もなく、ただ、オロオロと……。
「アスト、しっかりしろよ、アスト」
 デュランの怒鳴り声が、アストの意識を過去から現在に引き戻した。
 目を開けるとデュランの鬼気迫る表情が、安堵の色に変わるのが見えた。
 物のこげる匂いが鼻につく。背中が焼けるように痛い。それで状況を思い出した。
 倉庫の陰に逃げ込んだ途端、ADが爆発したのだ。壁を回り込んだ爆風に、背中を打たれた。直撃ではなかったから、何とか生きている。
「装竜機は?」
 身を起こして問う。デュランが指差す方向を、倉庫の陰から顔だけ出してうかがう。
 爆発したADの破片が散乱し、小さな炎をくすぶらせていた。シロアリは爆発の余波を警戒したらしい、一時引いて、離れたところで陸戦機との鬼ごっこを再開していた。
 そして装竜機は……仰向けに横たわっていた。
 トラブルで動けなくなっていた装竜機は、爆風にあおられるまま、倒れたのだろう。胸のキャノピーは開いたままだ。コックピットにいたレナードの姿は、アストの位置からは見えない。
「レナード、無事か?」
 数人の兵士が駆けよって来た。コックピットを覗き込み、顔色を変える。
「まずい。担架だ、急げ」
 叫びながらも、兵士は自らレナードを担いで運び出した。ぐったりとしたレナードが、装竜機から離れる。重傷を負っているらしい。兵士たちに運ばれて、倉庫の奥へと消える。後には、パイロットのいないまま、横たわる装竜機が残された。
 アストは、壁の陰から顔を覗かせたまま、硬直していた。
 また、何かに呼ばれたような気がしていた。倉庫の暗がりに、三つの光を発見した時のように。転移の直前、竜の幻視を見たときのように。
 ――お前が、おれを呼んでるのか?
 装竜機に向けて、そう問いかける。
 仰向けの装竜機。頭部が横を向いていた。三つある目のようなスリットの中央が淡く光
を放ち、何かを訴えかけているように感じた。
 それは、力だった。無力なアストが渇望し、求めたものがそこにある。
 レナードに反発して、陸戦機を探そうとした気分が蘇る。あれは、子供っぽい対抗意識
にすぎなかったけれど……。
「デュラン。陸戦機の操縦は、ADとほとんど同じなんだよな」
 装竜機から目を離さないまま問い掛ける。戸惑いつつも、デュランが肯定してくれる。
「なら、ヴァイアトラスもそんなに変わらないよな?」
「……だと思うけど?」
「よし」とうなずき、アストは走り出した。装竜機のコックピットに向かって。
 背後でデュランが何か叫んでいるが、立ち止まらない。
 装竜機のシステムチェックをするために背面にまわっていたメカニックマンが、アストの姿に気付いた。止めようとしたが、アストはかわし、コックピットに潜り込んだ。
 思ったよりも狭い。
「アトラス重工製……だよな」
 コンソールパネルの配置は、確かにアストの知っているADの操縦システムの面影がある。両腕は、シリンダー型のコントローラータイプ。ごく一般的なものだ。円筒形の断面にあるレバーには、いくつか見知らぬボタンがついている。たぶん、兵装用だろう。それらを使わなくても基本的な動作は可能なはずだ。
 足下はADと同一で、一枚式のペダルを踏み込むタイプ。若干、硬めの設定のようだ。
 他に、まったく予想もできない操縦桿のような装置もあった。妙なチューブ類にも違和感を覚えた。しかし、そんなことに構っている時間はない。
「これだな」
 アストの押したスイッチに呼応して、コックピットハッチが降りてくる。
 コンソールパネルが迫り出してきて、アストの体をシートとの間に挟み込むように固定する。コンソールとパイロットの接触部分には緩衝素材が施されているから不自然な痛みはない。だがそれによって、より窮屈になる。
 コックピットが闇に閉ざされた。普通の密閉式のADならば、すぐに外部確認用のモニターが点く。しかし、計器やモニターは光を発しない。非常用の赤色ランプだけが灯り、アストは、薄ぐらく赤い世界の中に置かれた。
 ――起動トラブル……。
 シルファの言葉が、脳裏をよぎる。
 外では戦闘が起きているにも関わらず、コックピットは静寂に包まれている。外部環境からの遮断装備の優秀さに感心している余裕はなかったが、機体から伝わってくる振動は、静寂さと相まって逆にアストを集中させた。
「ここで動かないなんて、ただの間抜けじゃないか!」
 そう叫ぶと、手探りでスイッチをいじる。思いつく限りの操作を試す。
 突然、モニターが点灯し明るくなる。同時に外の音が徐々に聞こえ出す。
「うわっ」
 モニターに写し出された光景を見て、アストは思わず悲鳴を上げてしまった。
 横倒しの装竜機が見た視界。モニターの半分が、アスファルトの地面に占められている。その地に垂直に立つ、二本の白い足。シロアリだ。装竜機の傍らに立っている。
 マニュピレータの付いた腕が、近づいてくる。行動不能になった装竜機を、拿捕しようというのか?
「おれを呼んだのなら、動いてみせろ!」
 アストがレバーを繰る。
 装竜機の指が平手から握り拳になる。腕が動きブリトランの腕を掴んだ。
 その光景を、シルファは倉庫内のモニターで確認していた。サブモニターには、装竜機から送られてくるデータが表示されている。数値が、みるみる正常値に戻っていく。
「どうして、動いているのよ……」
 呟いた声に、驚きの色が隠せない。
 民間人の少年を連れて避難してきたメカニックマンが、搬出口の外に目を向けてつぶやいた。
「あの子供が、動かしてるのか?」
 民間人の少年──デュランは、恍惚の表情でそれを見ていた。
「アスト……すげぇ」
 アストの駆る装竜機は、ブリトランの腕を引き、その態勢をくずさせた。
 倒れて動きを見せない装竜機が突如動き出し、シロアリは慌てたらしい。腕を引こうとする。が、アストはそれを許さない。逆方向に引く。
 シロアリの装甲に、亀裂が入った。逃れようともがくシロアリ。さらに引く装竜機。
 シロアリがバランスを崩した。その腕は、ついに骨格さえも砕かれた。電装系のコードが引きちぎられ、火花を散らす。
「……すごい。なんてパワーだ……」
 自身の行った結果に驚いて、アストはつぶやいた。
 一度バランスを崩したシロアリだが、無様な転倒は免れる。姿勢制御バーニアの力を借りて、体勢を立て直した。引きちぎられた腕から火花を散らし、後ろに跳躍。装竜機から距離を取った。
 アストも、シロアリが離れた隙に装竜機を立ち上がらせた。手にはまだ、引きちぎったシロアリの腕を握っていた。それを、挑発するようにシロアリに見せ付け、投げ捨てた。
「よぉし、やれるぞ!」
 アストは、いつになく昂揚している自分に気付いた。ADバトルで感じる以上の興奮。
 三十メートルの距離をおいてシロアリと向かい合い、戦闘体勢をとった。

          *

 アーリアンに乗るリシアがエレベーターから降りると、予想以上に被害を被ったレイヤ1の景色が見えた。火災が広がり、陸戦機も何機か倒れている。
 さらに予想外のことに、ブリトラン機と格闘戦を繰り広げている装甲機動兵器が見える。陸戦機ではない。装竜機5番機、ブレイバーだ。
『ブレイバーが動いている。レナードか?』
 ソロンの声もめずらしく驚きを隠していない。
「でも、何よあの動き。まるで素人じゃない」
 リシアの目でみると、ブレイバーの動きは無駄が多すぎた。体さばきやバランスの取り方は及第点だが、無意味に派手な動きが多く、格闘戦の基本がなっていない。実戦を格闘ゲームかなにかと勘違いしてるのではないだろうか?
 ブリトラン機がなぜか攻撃をためらっているようなので、撃墜を免れているが、陸戦機パイロットとして名を馳せるレナードとも思えない稚拙さだ。
『レナードはサブジェクターじゃない。ゾンビリンクができないんだから、仕方ない』
「それにしたって……」
 リシアがさらに難癖つけようとしたとき、通信回線が開いた。サブモニターに女性の顔が映る。装竜機中隊の技術士官、シルファ・サイクだ。
『ソロン、リシア。来てくれたのね!』
「シルファ。レナードのやつ、どうしちゃったのよ」
『あれはレナードじゃないわ! 彼は重傷を負って……それに、ブレイバーはシステムダウンしてたっていうのに、あの子ったら」
『あの子?』
『再起動したのよ、民間人の男の子が』
「じゃあ、本当に素人なの?」
 あらためて、リシアはブレイバーを見た。あれに、何の訓練もしていない民間人が乗っているというのか。一度システムダウンした機体を再起動させて。
「何者よ、そいつ」
 声に怒りをにじませて、リシアは問う。なぜ腹を立てているのか、リシア自身にもよくわからない。
 スイッチを殴るようにして、通信波レーザーをブレイバーに向けた。

          *

 装竜機の基本動作は、ほとんどADバトルと同じ感覚で操作することができた。
 もっとも、反応速度や加速性などの感覚がまだ掴めず、アストはタイミングの取り方に戸惑っている。そのせいで随分無駄な動作を繰り返してしまったが、今のところそれが致命傷にはなっていない。逆に、ブリトラン機を取り押さえようと優勢に進めていた。
 なぜかブリトラン機が攻撃をためらっていること、そのおかげで撃墜を免れていることに、アストは気付いていなかった。
 通信機から少女の怒鳴り声が飛び込んできたのは、その時だった。
『こら、ブレイバーを乗っ取った奴』
 サブモニターに、ヘルメットをかぶった少女の姿が映っていた。バイザーを跳ね上げた彼女の青い目が、アストをにらんでいる。
 年齢は、アストと同じくらいだろうか。奇麗な少女だ。が、つり上がった眉が、きつい印象を与える。何か知らないが、怒っているらしい。
『あんた何者? いえそれよりも、下がりなさい。子供の遊びとはわけが違うのよ』
 頭ごなしに叱りつける口調。それが、アストの気に触った。
 ――自分だって、たいして変わらない年齢のくせに。
「この状況、逃げたくても逃げられないよ!」
 サブモニターの少女にそう叫び、アストはブリトラン機の懐に飛び込む。ブリトラン機の長い腕がそれを阻む。二機の装甲がぶつかり合って、派手な音を響かせる。
 メインモニターの隅に、新たな機動兵器が映った。装竜機だ。アストの乗っているものとは微妙に異なるが、陸戦機とは違いすぎるデザインから、それと分かる。それが二機。
 さっきの少女は、あのどちらかのパイロットだろうか?
『下がるんだ』
 再び、通信機から声が響く。さっきの少女ではない。男の声だ。
『戦闘は我々が引き受ける。君は下がってブレイバーから降りろ』
 二機の装竜機が前に出る。アストは何か反論しようとして、口を開きかけた。が、その時、ブリトラン機の動きが変わった。
 残った腕で、アストをめがけ、突いてくる。腕の先端がスパークしている。それまでの動きとは比べものにならない鋭さだ。
「うわっ!」
 思わず悲鳴をあげるアスト。避けられたのは奇跡に近い。アストが腰を落としたことで、ブリトラン機の狙いは外れた。肩の装甲を一部削ったのみ。
「こいつめぇー」
 アストはペダルを踏み込んだ。一度腰を落とした装竜機の足が伸びる。
 攻撃をはずしたブリトラン機は、無防備な腹をさらしている。そこへアストのカウンタータックルが決まった。
 弾き飛ばされるブリトラン機。だが、ダメージはなかったのか、バーニアを吹かして着地する。
 二機の装竜機が、ブリトラン機に迫る。が、その時ブリトラン機は逃走に移った。レイヤ1に侵入した経路を逆にたどって、シティ外に逃れる。
『逃がすもんか』
『よせ、リシア。深追いするな』
 追跡しようとした装竜機を、もう一機が止めた。止められた方は明らかに不満そうだったが、命令に従う。
 振り返った機体が、アストを見下ろす。タックルの後で転んでしまったアストをにらみ付けているようだった。

          *

「終わったのか?」
 自分の乗る装竜機を立ち上がらせて、アストはつぶやいた。
 敵には、逃げられたらしい。取り押さえられなかったのは残念だが、アストは今までにない充実感を味わっていた。
 自分には何の力もないと思っていた。何もすることはできないと思っていた。だが、軍の新型機に乗り、ブリトラン機を相手に立ちまわることが出来た。
 戦闘の興奮が残って、気分が高揚しているだけかもしれない。あるいは、本物の戦闘をADバトルのようにとらえて、非現実の興奮に酔っているだけなのかも。だが……。
「ヴァイ、アトラス……」
 アストは機体に呼びかけた。
 なぜか、親近感を覚えていた。かつて、引き離されたものに再会したような、自分に足りなかった力を取り戻したような感覚。
「フッ……」
 自然と、笑みがこぼれた。胸のペンダントを軽く握った。
 気が付くと、レイヤ1の光景は惨憺たるありさまだった。救急車や消防車のサイレンが鳴り響いている。だというのに、アストの心は平静を保っていた。
 装竜機5番機ブレイバー。そのコックピットは、アストにとって、久々に安らぎを感じる場所であった。

          *

 転移から半年。
 アルシアシティは、再び黒煙を吐きながら、深い渓谷の静寂に身を任せるのだった。


―――― 第二話につづく


←前へ表紙次へ→