原作/RMR  ノベライズ・監督/古池真透 小説「装竜機ヴァイアトラス」
第三話 過去からの呼び声(2/2)


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 赤い針葉樹の森には、待ち構えているような不気味さが漂っている。
 輸送艇アイアンスライダは、悪路を巨大な十二の車輪をたくみに使って走破していたが、赤い森の様子を伺うように停止した。
「目視地点に到達」
 ブリッジに航行士の声がとぶ。
 ソロン・ウェバースは、エレベータでブリッジに上がってくると、赤い空を見て小さめな四角いフレームのメガネのごしの表情を厳しくした。
 すらりとした白いサブジェクタースーツ姿のソロンは、そのままブリッジ後方の席に寄って、一際ツバの大きな軍帽をかぶった男に背中から語りかけた。
「デップ艇長、メタルストームが止んでいますね」
「不吉だな。初戦の悪夢を思い出す。あれは、まだ残っていると思うか?」
 デップ艇長はソロンの白いサブジェクタースーツをちらりと見たが、表情をこわばらせたままで眉ひとつ動かさない。
「シティに侵入してきたときに相手をしてみてわかったのですが、ブリトランが何かを探しているという説は、あながち間違っていないのではと思うようになりました。彼らがすでに回収している可能性は否定できません」
 ソロンは艇長席の脇に立って、ブリッジの前方に据え付けられた大型スクリーンに目をやった。
 等高線が一部途切れた地図が出ており、その左上に今回向かうポイントが示されていた。
「なければすぐに撤退するまでだ。――しかし、わたしは今でも、キミがそのスーツをまとうたびに、少し複雑な気分になる」
「と、言いますと?」
「アトラス重工は、装竜機をマーズドラゴンの技術を使って開発したというが、それにしても得体が知れないじゃないか。これは私が古い人間だからかもしれないがな」
 艇長の眉間に少し皺がよったのは、調査隊の第一陣として出発してから半年にわたり、行動をともにしてきた部下であるソロンを心配しているからなのだ。ソロンはその気持ちを良く分かっていた。
「たしかに、装竜機の能力はまだ未知数です。だからこそ、きっと人類に有意義な功績を残せると確信しています」
「キミがそう言うのだから、信ずることにしよう」
 艇長は、視線を前方に広がる景色に移した。
 高低差のある岩場を越えると、突然すぎるほどに密林が見えている。
 密林の樹木は高いもので三〇メートルもあり、針葉樹のようであったり、シダ類でもあるような奇妙な直物であった。
 この密林が、地球や火星でないと分からせるのは、植物の赤い葉の色だ。
 葉緑素にあたる組織が赤い色であるため、種類によっては鮮やかな朱色の葉をもつものも生えていた。
 その赤い葉が、メタルストームに混じって飛ぶ強い磁気を帯びた酸化鉄から、酸素を作り出しているのだ。
 針葉樹系の枝には、赤い木の実がついていて、ときに煌煌と発光する。
 そのため、木漏れ日しか届かないはずの密林の中は、不気味に薄暗く赤い空間となっていた。
 ラビリントゥスの空全域に吹き荒れていると思われるメタルストームの下で育つ植物など想像できないのだが、目の前に生い茂る光景は現実だった。
 第一次調査隊は、シティの南西部三百キロメートルあたりから突然景色を変える針葉樹林の一帯を、未知の惑星という驚愕の環境と地球圏の生命の象徴の一端であるジャングルへの畏敬の念を込めてディープグリーンと名づけた。
 どうやらディープグリーンは、半径十キロメートルもある巨大なクレーターらしいすりばち的な地形の上に生い茂っていると推測されていた。
 しかし、いかに広大なディープグリーンと言えども、ラビリントゥス全体を潤すほどの酸素生成力を持ち合わせているとは考え難かった。
 つまり、ディープグリーンに類する機能を持った地域が他にも点在しているという予測を立てることができた。
「よし、はじめよう」
 艇長は何かを振り払う決意を固めたようにソロンを見た。
 ソロンは通信士の席に備え付けのモニターを覗き込んだ。
「レナード、準備はどうだ」
「よろしいよ。飯事セットはお坊ちゃまが大事に持ってきてくれるしな」
 レナードはイエローのヘルメットを傾けて余裕の仕草をみせた。
 レナードが映る隣のモニターには、アストが憮然とする表情があった。
「よし、フェーズ1を開始する。アストくん、船外は通信が困難になる。レーザープローブは二百メートル毎に設置するのを忘れるな」
 ソロンは全幅の信頼を置いているような口調で話しかけた。
「リョウカイ」
 コックピットに収まったアストは緊張を隠せないようだ。
「大丈夫、大将の調子は良好だ」
 ドミンスキーの声がアストのモニター越しに聞こえた。
「了解です」ソロンはドミンスキーに応え、「各機発進。目標、洞窟都市」と号令を下す。
 同時にアイアンスライダの後部ハッチがゆっくりと跳ね上がり、陸戦機三体と装竜機五番機ブレイバーが歩み出た。
 陸戦機の先頭を行く機体はイエローに塗装されていた。レナード・ナセアの乗る機体だ。
 陸戦機のそれぞれは、削岩機やパワーショベルユニットを装備している。
 アストの乗ったブレイバーには、右腕にプラズマ砲を装備。左腕にはネットガンランチャーが二門。両大腿部にはコンバットナイフを装着させた。背部にはレーザープローブの詰まった大型コンテナを背負わせ、さらに腰部にガスブレードが据え付けられた。
 まさに、重装備の四人の巨神が、狩に出かけるといった様である。
「頼んだぞ、レナード」
 ソロンは、赤い密林に吸い込まれていく陸戦機たちを見送ると、手のひらを見つめ、強く握りこぶしをつくった。

         *

「赤い、ジャングルか……」
 アストは、赤い空に向かって伸びる針葉樹を仰ぎ見た。
 知識としては知っていたジャングルという環境。だが、緑ではなく赤い森。太陽系以外の惑星の森だ。
 モニターに移る景色は、赤い岩盤だけの世界から徐々に茶色の草むらに変わり、その先はうっそうと茂った密林になった。
 前方を行くイエローの陸戦機は、樹木を切り倒しながら進んでいく。
 後方モニターには、アイアンスライダの後方デッキから見守ってくれているドミンスキーが映っていたが、足を進めるうちに見えなくなった。
「この重装備じゃ身動きとれないな」
 アストはコンソールに表示されている装備を見てつぶやいた。
 レナードは飯事セットだと言った。しかし、この重装備はただ事ではないことぐらいアストにもわかった。
「貴重な装備だ。大事に持っていろよ」
 先頭を行くレナード機から、すぐに言葉が返ってきた。
「わかってます」
 アストは口をとがらせ、コントロールレバーを軽く操作した。
 ブレイバーは無骨な機械を装備した左右の腕を軽くスイングさせた。
 視界は草むらから巨木の立ち並ぶ樹海になった。
 光届かぬ薄暗い闇の世界であるはずの木立ちは、何の違和感もなくはっきりと目視できた。
「ジャングルには魔物が住んでる。ビーコンの設置、忘れるな。そいつがなきゃ、アイアンスライダに帰れんかもしれんのだからな」
「置いてます。地図のトレースも良好。地磁気も異常なし。前回データとの違いは、温度。二度ほど高いですね。洞窟都市までの距離は、あと一八〇〇」
 アストは、コンソールに表示された地図を指差して位置関係を確認した。不完全な地図ではあったが、おおよそのことは把握できた。
 目的地はアイアンスライダから、南南西に二キロメートルほど離れた場所にある。
「ほー」レナードは関心したように言うと「他に気づいたことはあるか」と訊いてきた。
「見たところ目指している洞窟は火山型。周辺が溶岩層で出来てます。でも、この一帯が死火山の上だとして、他に同じようなところが地表面は見当たりません。断層洞窟でもないし、どうしてここだけ隆起してるんだろう」
 アストは地形の不可解さを分析しようとしたが、ハイスクールで学んでいる知識では解決できなかった。
「らしいじゃないか」
 レナードが茶化すように言った。
「一応、専門ですから」
 アストは洞窟の構造の疑問を解決できない不甲斐なさもあり、尻つぼみで答えた。
「バレス博士が生きていれば、おれたちの仕事も、もっとはかどったろうにな」
 レナードは柄にも無く、弱音めいた台詞を吐いた。
「死んだ人間を当てにしても仕方ありません」
「かといって、その息子じゃあてにならんということさ」
 レナードはそっけなく言い放った。
「そ、それは……」
 アストは、モニターに写った洞窟の入り口を見ながら、唇をかんだ。
「アスト、ガスブレードをくれ」
「まだ、目的地にはついてませんよ」
「臨機応変。やな予感がする」
「何かいるんですか?」
「この辺には怪獣がいるからな」
「前回現れたっていう、爬虫類型の生物のことですか?」
 アストは、ライブラリーをみようとしたが、
「早くよこせ」
 と、レナードに急かされたから、コンソールの右側に埋め込まれたキーボードを操作した。
 ブレイバーの腰の部分に装着されていたガスブレードのロックがはずれ、ウインチが駆動しワイヤーが伸びて、巨木の根がのたうっている地面に置かれる。
 他の陸戦機二機は、先行して洞窟に向かって進行をはじめていた。
「怪獣ってのは、ドラゴンとかそういう類なんですか?」
 アストはガスブレードを装着しているレナードに訊いた。
「突拍子もないこと言うやつだな。まー、この惑星自体が空想の産物みたいだがな」
 レナードは声をにごらせた。
 アストにとっては、ドラゴンは実在の生物なのだ。
「よし、これでいい。いざというときは一目散に逃げろ。お前は逃げるのが仕事だ」
「わかってます」
 レナード機は、腕に装備したガスブレードを一振りすると、洞窟に向かって歩き出した。
 ブレイバーはレナード機の後ろに続いた。

         *

「まるで新品のゴーストタウンだ」
 アストは、眼下に広がる近代的な都市を見て声をあげた。
 装竜機が一体立って入れる程度の入り口から一歩踏み入れると、眼下に広がる景色が直線的なビル群だというのは異質すぎた。
 多くのビルたちは洞窟の天井をえぐるすべもなく折れ砕けていて、本来の高さを知る由もない。
 洞窟の内壁は、こすり付けられたような建築物が半壊してめり込んでいる。
「確かにここには人類のような生物がいたには違いない。だが、見てのとおりだ。年代測定をやっても、いつの時代のものなのか見当もつからんらしい。まったくおかしな街だ」
 レナードは、早々と洞窟の入り口から崩れた土砂を下って、都市の地面にたどり着いていた。
 転移の際に崩れたビルの残骸は、一通り片付けられていて、広い道が見えている。ただし、交通機関らしき乗り物などは見当たらない。
「水晶の柱は、どこに?」
「その窓のないビルの中だ」
 レナード機が、前方に聳え立つ石柱のような建物を指した。
 ブレイバーはレナード機に続いて建物の中に入った。
「なんて、綺麗、なんだ」
 アストはそれを見上げたまま言葉を失いそうになった。
 極めて透明度の高い水晶柱は、整然と均等の距離を持って三本が並んでいる。
 建物は吹き抜けになっていて、水晶は天井にぶつかるまで百メートルは伸びていよう。
 柱の太さは均一で、全高十五メートルの人型であるブレイバーが抱え込める程度か。
「竜眼? これを回収にきたんですね」
 アストは柱の中に浮かぶように埋め込まれた赤い珠に、ブレイバーを近づけた。
「そいつが竜眼かどうかは持ち帰ってみなけりゃわからん。よし、さっさと片付けよう」
 レナードはガスブレードを光らせつつ、一振りしてみせた。
 アストはブレイバーを後ずさりさると、あらためて水晶柱を仰ぎ見た。

         *

 警戒音がアイアンスライダのブリッジに緊張をもたらした。
「どうした!」
 ソロン・ウェバースは、ブリッジクルーに問いただす。
「レーザプローブに感あり。生体反応。進路は……一様に洞窟都市です」
 オペレータが冷静に艇長に伝えた。
「解析結果でました。フロッグです。しかし、なんて数なんだ。三千は下らないと思われます」
 別なオペレータが矢継ぎ早につないだ。
 驚嘆したのも無理はない。天井から下がっている等高線をあしらったモニター上には、数え切れないほどの三角マークが重なり合って、一点に向かってうごめいているのだ。
「フロッグが洞窟に? どう見る」
 艇長はモニターを見上げたまま無表情で、ソロンに問いかけた。
「最悪の事態を考慮すればキリがありませんが、装竜機を現場に持っていくことで策も広がりましょう」
「うむ。そうしてくれ」
 艇長が一呼吸置いて、ソロンをちらりと見た。
「格納庫に連絡を!」
 ソロンは警報がブリトランではないことに安堵したが、フロッグの不気味な量は楽観視できなかった。
 ラビリントゥスのいたるところで生息しているらしいフロッグだが、屍骸を見たものはいない。
 いづれにしても、レーダーを埋め尽くすほどの大量のフロッグがいては、害はなくても邪魔にはなる。
「では」
 ソロンは艇長に敬礼して踵を返した。
「ケースD発令。イシュテーンと陸戦機二機を追加発進。各機、対ブリトラン装備。イシュテーンは緊急時のゴーストリンクへのモードシフトを承認する」
 ブリッジに艇長の命令が飛ぶ。
「メンテナンスハンガー、オープン。MPBDFゼロツー、スタンドアロンモード、アクティブ!」
 オペレータが、イシュテーンの発進シークエンスを発声した。
「準備はできてるぞ」
 格納庫からドミンスキーが返答してきた。
 ソロンが立ったエレベータのドアが、呼応するように開いた。そこに乗り込むと、ドアはゆっくりと閉じられ、ソロンは外界から隔離された。
 ソロンは静かに目を閉じ、軽く深呼吸をした。
「大丈夫だ、ソロン・ウェバース。今日もベストコンディションだ。恐れることはない。まだ時間はある」
 ドアが開き颯爽とエレベータから出たソロンは、愛機イシュテーンに駆け寄った。
「リーダー、いけるのか?」
 ドミンスキーがイシュテーンの胸部にあるコックピットハッチの上から手を差し伸べてくれた。
「ご心配には及びません」
 ソロンは笑顔で返すと、愛用のメガネを胸のポケットにしまった
「おれもいこう」
「助かります」
 ソロンは軽く会釈をすると、イシュテーンのコックピットへと滑り込んだ。

         *

 水晶柱に、ガスブレードが青白い光を放ちながら、ジワリ、ジワリと食い込んでいく。
 レナードの手際のいい作業で、三つある赤い珠のうち二つは回収されて、収納ケースの中にあった。
 同行の陸戦機は洞窟の入り口で、組み立て式の簡易カーゴを準備している。
「本気で独立なんて考えていたのかな」
 アストは手持ち無沙汰でそんなことを口にしてみた。
 転移という現象下にあって、物資や機材は、アルシアシティの外部からは供給されることはない。
 にも関わらず、マギャリーが多様な道具を持ち合わせていた理由は推して知るべしだとも言えた。
 火星が地球に対して独立自治権を主張する運動の黒幕に、マギャリーも噛んでいるという噂話はゴシップネタとしては火星人の誰もが知るところだった。しかし、今となっては、現実的にこれほどの軍備があったことが自分たちを生かしてくれているのだから、肯定も否定も意味のないことだと思えた。
「あれ? ここのパネル、さっきは点いていたのに……」
 街に降り立ったときには確かに動作していたセンサーのひとつが消えている。
 と、同時にブレイバーの足元で、コツンコツンという軽快な音が不規則に連続していることに気付いた。
「動いた?」
 アストは音の原因を確かめるために、ブレイバーの片足を恐る恐るあげてみる。
「よし、これでいい」レーナードは、三つ目の赤い珠を水晶柱からとりだし、アストに渡そうとした。「なにしてるアスト。踊ってる場合じゃ……なに!」
 陸戦機のカメラをブレイバーの足元に向けたレナードは舌をうった。
「なんですこれ!」
 ビルの壁や床が、いつのまにか細かにのたうつ生き物のように揺れている。
「フロッグか! なんで気がつかなかった!」
「うわ!」
 アストはコックピット内であることを忘れて、手で顔を覆った。
 長さが一メートル程で幅が三十センチメートルの平べったくも若干厚みを持った生き物が、ブレイバーに無数に這い上がってくる。
 フロッグは体中を硬い針金で覆われていて、それがカサカサという乾いた音を立てている。その音が余計に不気味さを煽り立てた。
「くそ! 邪魔するなよ」
 レナードも人並みに驚きながら、フロッグを振り払っている。
「ブレイバーにばっかり!」
 アストは、ブレイバーの機体に、あたかもひとつの巨大な生き物のように絡み付いているフロッグを払い落とす。だが、払っても払っても、頭部カメラを覆うほどに取り付いてくる。
「なんて惑星なんだよ」レナードは、自分の陸戦機の足元を流れるように動いているフロッグを蹴散らした。「センサーが死んでるのか」
 レナードはコンソールを叩いたのであろう。ドスンという音が聞こえた。
 アストは、床に這うフロッグを恐る恐るブレイバーの脚で掻き分けながら、とりあえずビルから出た。
「度が過ぎるよ」
 アストは、鳥肌が広がっていくのを実感した。
 街中にフロッグが敷き詰められているのだ。
「一度退却か。アスト、いつまでも遊んでるんじゃない!」
 ビルから出てきたレナード機から通信が入る。
「遊んでいるように見えますか!」
 アストはブレイバーにまとわりついたフロッグを払い落とすのに精一杯だ。
 そのとき、通りの奥のほうで、フロッグの山が盛り上がるのが見えた。
「なに! レナードさん、あれ」
 アストがレナードに告げた次の瞬間、洞窟内に金属をこすり合わせたような鈍い音が響いた。
 そして、ブレイバーの立っていたビルの脇から、ブレイバーと同じくらい大きな何かが飛び出して目の前を横切った。
「な、なんだ今の?」
「リザウトだって! こんなところで!」
 レナードが叫ぶ。
「リザウトが二匹、いや、五匹だ! いや、どんどん増えている! 早く上がってくるんだ」
 洞窟入り口の陸戦機からの通信が飛んできた。
 アストは、リザウトという名前が何者なのか、すぐに思い当たらなかったが、洞窟内に危険があふれていることは分かった。
「リザウトって、もしかして?」
「待ち伏せでもしていやがったのか。お前は早く洞窟から出ろ!」
 レナードは殺気立っている。
「リザウト……これか!」
 アストはデータベースを検索した。
 その姿がディスプレイに表示される。
 全高が十五メートルを超える、恐竜のような生物だ。転移してから半年で、二度ほど接触したと記録されている。
「バカヤロウ! 立ち止まってるやつがあるか! くそ、どきやがれ!」
 レナードはすでにリザウトと格闘をしているのだろうか。しかし、その通信の直後、アストの目の前にも実物が立ちはだかっていた。
 アストは目を疑った。
「そんな!」
 グルルルルルルルルゥ! という声ともつかない声がリアルに耳に入ってくる。
「こ、こんなのとも戦わなきゃいけないのかよ……」
 顔であろう部分は、地球の海に住むアザラシのように無数に伸びたひげのような触角がゆらゆらしている。唾液が絡みつき、獰猛で貪欲な息づかいがわかる距離だ。
 身体全体は、絶滅した二足歩行型の肉食恐竜に似ていて、鋭い爪を持った手は胴体を軸にして線対称に二本ずつで計四本、不穏な空気を集めこむように動いている。脚は大腿部が発達していて、足首の機構からしても瞬発力を持っていると予想できた。
「気をつけろ。口から吐く溶解液を浴びたら装甲が溶けるぞ」
 レナードからの通信だ。
「溶解液?」
 アストの目の前の巨体は、初対面のブレイバーを観察するかのように、口元らしい部分の触覚をうごめかせている。
「どうやら俺たちは、えさ泥棒ってことなのかもしれん」
「えさ?」
 なるほど横をみると、別なリザウトは腰をかがめ、足元に散らばるフロッグたちにむしゃぶりついている。フロッグの針金のような外皮を溶かして中身を食しているのだ。
 アストは、思わずブレイバーの足取りを後退させ、右腕に装備していたプラズマ砲をリザウトに向けた。
「撃つな! 大事な遺跡を吹っ飛ばす気か!」
 レナードの叱咤がもう少し遅ければ、アストはトリガーを引いていた。
 ブレイバーはプラズマ砲を構えたまま、呆然と立つ形になり、それは、リザウトに襲われても文句は言えない隙を作ったことになった。
 ブレイバーの正面にいたリザウトが、噛み付くように襲いかかってくる。
 アストはコントロールレバーを握り締めるのがせいいっぱいで、引くことも、押すこともできない。
 リザウトの口から鮮やかな黄色の唾液が飛ばされる。
「う、うわ!」
 アストは、悲鳴にならない声を洩らした。
 ブレイバーの左腕に装着していた電磁ネット砲の二本ある一方が見る見るうちに溶解する。
「ネット砲を無駄にしやがって! この惑星の食物連鎖に付き合ってる暇はないんだ。とっとと外へ出ろ!」
 イエローのレナード機がリザウトをガスブレードで切り裂くと、飛び散った体液が地面のフロッグを溶かした。
「てぇーい!」
 アストはそれを見て反射的に、プラズマ砲を持った右腕でリザウトの頭を叩きのめす。
断末魔のような咆哮が響きリザウトは地面に伏した。
 しかし、すぐ別なリザウトが右方向からブレイバーに飛び掛ってくる。
「しまった!」
「アスト!」
 リザウトがブレイバーに覆いかぶさろうとしたそのとき、そのリザウトは一段と甲高い声を上げた。
「何が?」
 リザウトの動きが止まる。
「援護する」
「ソロンさん?」
 倒れたリザウトの後ろにイシュテーンの姿があった。
「ソロンさん!」
「リーダー! ありがたい」
「まさか、リザウトも一緒とはな。まだ数十匹はいるか」
 イシュテーンは、手にした超振動ロッドについたリザウトの黄色い体液を振り払った。
「大丈夫か、大将」
 ドミンスキーの声だ。イシュテーンの後方に、オレンジのアクティブドールがいる。
「なんとか……」
 アストは、味方が増えて安心したが、状況が好転したわけでもない。
「ここはリザウトの巣なのかもしれん。ただ、調査隊を追ってフロッグが集まってきたというのは腑に落ちないが」
「リーダー、そんな悠長な話はあとだ。とにかく、早くこいつをアイアンスライダへ持ち帰ろう」
 レナードが、ブレイバーの背部に装着した収納ケースを指差した。水晶柱から取り出した三つの赤い珠が入っている。
「装竜機の装甲は問題なさそうだが、間接部をやられたらアウトかもしれんな」
 ドミンスキーはブレイバーに付着したリザウトの体液を見て言った。
「陸戦機はもっと不利だ。見てみろ、表面がボロボロだ」
「よし、アストとドミンスキーはケースを持って先に出るんだ。おれとレナードで援護をする」
「陸戦機は溶けてしまうんでしょう?」
 アストは口を挟んだ。
「おい、何か? 俺様が先に行けとでも言うのか?」
 レナードが面白おかしそうに言う。
「いくらブレイバーとて、スタンドアロンモードでは、リザウトと格闘するのは無理だ」
 ソロンがアストをいさめる。
「そうですけど」
「くそっ、今度はセンサーが感知しすぎか。まったく、なんてこった」
 レナードが言うとおり、停止していたセンサーは復旧したものの、多くのフロッグを認識していまっていた。その体を覆う金属針が反応しているのか、動態予測機能に混乱が生じて、モニターの表示は幾何学模様を乱雑に動かすしかなくなっている。
 まるでコンピュータの困惑顔を示すかのように。
「こりゃ、メタルストームよりもたちが悪い。カメラからの直接画像だけで動くしかなさそうだな」
 ドミンスキーが冷静に言う。
「それは無理です。リザウトを交わしながら進まなきゃいけないんですよ」
 アストは弱音を吐いた。
「いつでもマシンに守られていると思うからゲーム癖がぬけないんだ!」
 レナードの言うことは、いちいちもっともだった。
「陸戦機のバッテリーも残り四時間が限度だろう。持久戦に持ち込むにもリザウトの生体はよくわかっていない。ロッドも痛みが激しい。あと何匹斬れるものか」
「なにより、ゴーストリンクを断続的に利用できるソロンといえども、さすがに負担が大きすぎる。長時間戦闘は許可できない。フラッシュランサーを使うか?」
 ドミンスキーがソロンを説き伏せるように言う。
「え? そうか、あの中に」
 アストはドミンスキー機の背中に背負っている大きなボックスを見て、それが例の巨大ランサーだとわかった。
「ランサーはリザウトの体液を拡散させる。避難が済んでいなければ、皆が危険にさらされる」
「危ない! 上からだ!」
 レナードが頭上を指す。
 一匹のリザウトが覆いかぶさるように降ってくる。
「みんな下がれ!」
 ソロンが叫び、イシュテーンが超振動ロッドを構える。
「だめだ、体液を浴びちまう!」
 レナード機がガスブレードをオフにして、思いっきり上段に振りかざす。
 空中でリザウトの巨体がくの字に曲がり、不気味な咆哮とともに、そのままレナード機の上に落ちた。
「もう一匹、ドミンスキーさんの後ろ!」
 アストが叫ぶ。
 レナード機に重なった暴れ狂うリザウトの口から黄色い体液が吐き出された。
 ドミンスキー機の後にもリザウトが迫る。
 だが、すかさず動いたイシュテーンの超振動ロッドが突き刺ささり、悲鳴を上げて倒れた。
「きりがないじゃないか!」
 アストは何も出来ない自分に苛立ちを感じつつも、ブレイバーを動かせない。
 レナード機からリザウトが剥がされるように、ゴロンと転がる。
「ドミンスキー、すまんな。また、やっちまった」
 レナード機の左腕が、硝煙を上げて、肩からなくなっていた。
「アスト、ケースは無事だろうな」
 レナードは、悔しさを隠すようにアストに言った。
「はい」
 アストは、背中に背負った赤い珠の収納ケースの無事をコンソールの表示で確認する。
「そいつは、絶対に艦までもっていけよ」
「ここに残るつもりなんですか?」
「俺の陸戦機だって柔じゃない。くだらん心配している暇があったら早く行け」
 モニターに写ったレナードの表情は、あくまでもニヒルである。
 レナードは、ガスブレードを杖にして、陸戦機を立たせるた。
「ソロンさん、レナードさんをお願いします。いきましょう、ドミンスキーさん」
 アストはブレイバーを立たせ、ソロンに向けた。
「念のためにフラッシュランサーを置いていく。頼んだぞ」
 ドミンスキー機からランサー用のボックスが切り離され、地面に落ちた。
「よし、た、頼むぞ、アストくん」
 しかし、ソロンの声はなぜか苦しげなのだ。そして、あろうことか、イシュテーンは方膝をついた。
「リーダー?」
 レナードが声に驚きをあらわにする。
「ソロンさん!」
 アストはブレイバーをイシュテーンに近づけたかったが、またリザウトが間に入ってきた。
「こいつで!」
 ブレイバーの左腕に生き残っていた方のネット砲を発射する。
 リザウトは広がったネットにからまり自由を失いもがく。少なくともこちらに襲ってはこれまい。
「ソロンさん、どうしたんです!」
「なんでもない」
 イシュテーンは立ち上がり、瞬時に駆け出し、一度に二匹のリザウトを流れるように刺す。しかし、再び、膝を突いて、うずくまってしまった。
「どうしたんだ、リーダー!」
 レナードは左腕がない陸戦機で、起用にリザウトに応戦しながらも、ソロンを心配した。
「リンクの調子が悪い、ようだ……」
 ソロンの声から、ゆがんだ表情が想像できた。
「ドミンスキーさん、なんとならないんですか!」
 アストはメカニックマンであるドミンスキーに助けを求めるが、
「こればっかりは……」
 ドミンスキーにも、リンクそのものの不具合解消は困難らしい。
「アストくん、逃げるんだ……」
 ソロンが駆るイシュテーンの足取りがふらつき始めているのは、アストにもわかるほどになっている。
「うっ!」
 そのとき、悔いるアストの脳裏に、重くのしかかる感覚が襲ってきた。
 アストはまぶたをきつく閉じて、その感覚を振り払おうとするが、脈打つような鼓動は消えない。
「は!」
 アストは目を見開いた。しかし、脳裏に浮かんだ残像がしっかりと見えている。
 赤く光る瞳が。
「竜眼?」
 アストは思わず声にしてしまった。
「なにしてる。早くしろ!」
 レナードの叱責が飛んでくる。
 だが、アストは閃いてしまった。
「あのランサーを使えれば……」
 アストは、周囲を見渡す。
 鋭角的なビルの合間には、暴れ狂うリザウトたちが、こちらを伺いつつ、うごめいている。
「ドミンスキーさん、モードシフトさせてください!」
「寝言はシティに帰ってから言え!」
 レナードが間髪いれず怒りを飛ばしてくる。
「そりゃないぜ大将!」
 ドミンスキーも面食らったようだ。
「でも、このままじゃ、みんな溶かされちゃう!」
「君の任務はここから離れることだ」
 ソロンが言うやいなや、リザウトの溶解液がイシュテーンの右腕にかかる。そこから蒸発するような煙があがった。
「リーダー!」レナードは常にイシュテーンの挙動を気にしつつも、「たしかに、このままじゃ埒があかないか」と、リザウトをなぎ払いながら吐き捨てる。
「モードシフトすれば相手にできるというものではない」
 ソロンの説得するような表情がアストの見たモニターに飛び込んでくる。
「その場でためらって後悔するのは、俺の性分じゃないしな」
 レナードは、ポツリと言うと、いきなりブレイバーに突進しはじめた。
「どうするつもりだ、レナード!」
 ドミンスキーがレナード機を怒鳴りつける。
「なにするんです!」
 ブレイバーはレナード機の体当たりで、その気迫に押されるように、そばにいたドミンスキー機もろともビルの中へと押しやられてしまう。
「ここなら安全だろが!」
 レナードは怒鳴り返しすと、機体を翻し、ビルの外に駆け出していった。
「レナードさん……」
 アストはレナード機の背部をみつめた。
「しかしな!」
 ドミンスキーがこぼす。
 ビル内は静かなものだった。
 センサー類も平穏を示していた。
「シルファ、すまない! おれは止める立場なのにな」
 そのドミンスキーの台詞はアストには聞こえなかった。
「大将、ハッチを開けろ!」
 ドミンスキーがキャノピーを開きながら叫んだ。
「はい!」
 アストは外気に気を配りながら手元のスイッチを押す。
 空気が抜ける音とともにハッチがあがっていく。
 同時に、すざまじい咆哮が聞こえた。
「ソロンさん!」
 リザウトの悲鳴から、ソロンたちの苦戦が想像できた。
「ゾッとするな……」
 ドミンスキーは機体から出ると、洞窟内を見回した。
 ビル内にリザウトはいないだろう。でも保障はない。だから、アストも衝緩パッドに固定された身体を無理に乗り出すようにして周囲を見る。
「よし、あのときのステータスを再現してやる」
「お願いします!」
 アストはヘルメットのバイザーを上げて、コントロール用のキーボードを差し出す。
「成功したら大将の家のディナーに招待しろよ」
 ドミンスキーが、アストの目の前でコンソールの表示を覗き込むように操作しながら言う。
「何でです?」
「こう見えてもドネリー・ルッソのファンなんだ」
「ドミンスキーさんもですか……」
「料理ショーの最終回、大将も出てたよな」
 ドミンスキーは、アストの目の前でキーボードを軽やかに叩く。同時に、コンソールのステータスモニターにインジケータウィンドウが開かれていく。
「あの日は……」
「ドネリーの出た映画は全部観てるんだ」
「あの日は父さんが亡くなった日で……」
 アストは母親の出演していた番組の収録直後、父親の死を耳にしたときのことがフラッシュバックで浮かんできた。
 泣き崩れる母親。多くの軍属が参列した告別式。そして、微笑む父の遺影。
「ゾンビリンクマネジャーを再アテンド。VCSは可視モードに加えてセンサー連動モードに変更。MCSは固めだ。柔軟性を上げると、ここではかえって足をとられてしまうからな。VBMのシノプシス連携速度を最大値に。HAWNETはミドルレンジで起動。ゴーストリンクへのシフトは禁止っと、これで良い」
「父さん……」
 アストはパイロットスーツの胸の奥にあるペンダントを握り締めた。
「普通なら生体データのインストールが必要だがオペなしの状態じゃ意味がないだろう。ハッチを閉めたらグリップのモードスイッチを切り替えろ。あとは大将の思うようにやってくれ」
「はい」
 アストは、両手のコントロールレバーを力強く握る。
「ブレイバー、アストを守ってくれよ」
 ドミンスキーは、ブレイバーのハッチを平手で念を押すように叩くと、アクティブドールに戻っていく。
 アストは、降りてくるハッチに合わせるように目を閉じる。
「あのとき、きみはおれを呼んだ。なら今度はおれに力を貸してくれ。ソロンさんたちがピンチなんだ」
 ハッチが閉まりきるとリザウトの叫び声が消える。
 アストはブレイバーのコックピットの中で静寂に包まれた。
 まぶた越しに薄明かりが灯る。メインモニターが表示されたのだろう。
 アストは更に集中する。
「ブレイバー、モードシフト。ゾンビリンク……」
 アストは静かに、強く念じた。
 心臓の鼓動が高まり、その音で全身が震えた。

         *

 ブレイバーは、颯爽とビルから駆け出した。
「ブレイバー? アストくんなのだな!」
 ソロンはブレイバーに目を奪われたのだろう。リザウトの頭を地面に叩きつけつつ、声を漏らした。
「本当に、やったのか……」
 レナード機からの通信はソロンの気持ちを代弁していた。
「リンクには成功したんだが……」
 ドミンスキー機が洞窟からキャノピーをちらつかせる。
 ブレイバーの動きは、たしかにぎこちない。
 苦戦しつつも俊敏に振舞うイシュテーンとレナード機に業を煮やしていたリザウトが、ブレイバーに的を絞るのは当然だった。
「これを使えば……」
 アストは、地べたに置かれていたコンテナからフラッシュランサーを取りあげる。
「フラッシュランサーを使うなんて百年早いぞ!」
 レナードが、よろめくブレイバーに苦言を呈するが、アストには聞く耳がない。
「こんなにバランスがとりずらいなんて!」
 アストは、一トンの自重を持つフラッシュランサーを思うように扱えない。
「センスはあるか……」
 ソロンは、ふらつくブレイバーを見ながらも光明を見出した。
 イシュテーン用のフラッシュランサーは、ドラゴンマテリアルの恩恵のひとつである竜筋によって、それを扱うことを許されている。無論、縦横無尽に操るには、訓練が必要だ。
 たしかに機体のバランサーは働く。しかし、機体への不規則な加重の変化は、各関節に負担を与える。油断すればしりもちをついてしまだろう。それが、機体の接地面積の少ない二足歩行機の宿命である。
 にもかかわらず、アストはフラッシュランサーを無造作に振り回しながらも、リザウトを交わし前進していた。
「脇を締めて、腰に重心を置くんだ」
 ソロンとて、口頭でのアドバイスがすぐに身につくとは思っていない。ただし、それをこなして欲しい望みはあった。
「きみは、装竜機を操れなければいけないのだ……」
 ソロンのつぶやきは、ブレイバーの攻撃によって得られたリザウトの断末魔にかき消されて、だれのもとへも届かない。
「ホントだ、ふらつかない!」
 アストは歓喜の声をあげた。
「小僧め!」
 レナードの声は笑みを浮かべたと分かった。
 アストは、ソロンの心配をよそに、フラッシュランサーを大きく振り回し始める。
「アストくんは退避ルートの確保をすれば良い!」
「あ、はい!」
 ソロンの問いかけに、アストは間を置いて応える。自身を持ったものの、不安を隠しきれないのだ。
「残り十二匹。よくもまぁこんなに隠れていたもんだ」レナードは呆れ口調の間もリザウトを一匹倒して、続けた。「あと、十一匹! どうやらかなりお怒りのようだ。とても見逃してくれそうもないぜ」
「この密林では彼らに分がある」ソロンは、イシュテーンの頭部カメラに覆いかぶさった枝葉を払った。「もっとサブジェクションレベルが安定していれば……」
 そんなソロンに、リザウトは、容赦なく襲いかかる。
 リザウトの頭部がゆがんで、地面に叩き落された。そうしたのは、レナード機が繰り出した拳だった。
「なんてこった!」
 レナード機の右拳がグニャリと曲がる。リザウトを殴りまくっていたせいだ。
「リーダー、無理するな」
 レナードは、自機の状況を差し置いてソロンの心配をしているのだ。
「すまん。レナード」
 ソロンは苦悩の表情を隠しているに違いなかった。
「ソロン、ここままリンクを維持するのは危険だ」
 ドミンスキーはデータに基づいて告げいるのだろう。
「アスト、状況が変わった。残りのリザウトはお前がやれ」
 レナードからの横柄な通信が入る。
「避難するんじゃ?」
「見りゃわかるだろ! こいつらを殲滅しなけりゃ、こっちがやられちまう」
「そんな……」
 リザウトたちは仲間を失ったことへの怒りをあらわにするように、咆哮をあげてこちらを見下ろしているのようにさえ思えた。
「すまん。アストくん」
 ソロンは、ヘルメットのバイザーを上げ、片手で左右のこめかみを強く押した。
「大将のサブジェクションレベルは、まだ上昇してる……このままいけば……」
 モニターに移ったドミンスキーの驚きの表情は、ソロンが望む展開である。
「残り全部なんて」
 アストの声は震えた。
「やる前から出来ないと決め付けているやつには、なんだって出来やしない。いいから、やれ!」
 レナードの叱咤が飛ぶ。
「きみなら、出来る」
 ソロンの期待は、アストには確信に聞こえた。
「でも……」
 アストが躊躇っている間にも、リザウトはブレイバーに襲い掛かってくる。
「う、うわぁー!」
 ブレイバーは四本の手を広げて迫るリザウトに向かって、フラッシュランサーを振り上げる。
 フラッシュランサーは相手を突き刺すものであって、叩くものではない。
 アストが動転している証拠だった。
 だが、そのときブレイバーに変化が起こった。
 ブレイバーの頭部に搭載された竜眼をカバーするゴーグルが開き、同時に竜眼の輝度が上がり、赤い光を放射した。
「なんだ?」
 ソロンたちも初めてみた竜眼の輝きだった。
「あんな機能はないぞ」
 ドミンスキーが声を詰まらせた。
「とぉあぁーっ!」
 アストの気が入った声が洞窟内に轟く。
 ブレイバーはフラッシュランサーを振り下ろす。
 向かってきたリザウトのわき腹に食い込むように殴打。野球のフルスイングのごとくに、振り切る。
 リザウトは隣にいたリザウトにぶつかり、重なり合った二匹は洞窟の岩肌に激突。衝撃で気絶したかのように、だらりと地面にすり落ちた。
 洞窟内にいる、すべてのリザウトの頭部が、ブレイバーに向けられ、四方から一点に向かって突進がはじまった。彼らの本能はブレイバーを天敵と認識したのだ。
「くらえ!」
 ブレイバーは迷うことなく、もっとも至近距離リザウトの腹部中央にフラッシュランサーを突き刺す。
 リザウトの腹部が赤く発光し、フラッシュランサーがすばやく引き抜かれ、ブレイバーは軽快に機体を下がらせる。
「うしろもだ!」
 ブレイバーは間髪いれず、フラッシュランサーを背後に向け構えなおす、背後から襲いかかろうとしたリザウトは自らその先端に刺し貫かれる格好となった。
 すぐさまフラッシュランサーを引き抜いたブレイバーは 咆哮をあげるリザウトを尻目に、別なリザウトの懐に飛びこむ。
「どうしちまったんだ、小僧」
「ありえない! ゴーストリンク領域に突入してるぞ!」
「なんだって!」
 ソロンはドミンスキーの言葉に戸惑った。
「シフトは抑制して……」
「うぉー!」
 ドミンスキーの台詞が終わらないうちに、アストは雄たけびを上げて、次のリザウトにフラッシュランサーを食らわせる。
 最後の一匹が、ブレイバーの餌食となった。
 リザウトの討伐まで数分とかからなかったのだ。
「これで全部ですか? もういませんよね!」
 アストの声は興奮しつつも、震えていた。
 ソロンは殺戮の現場を目撃し、一瞬、返答に窮してしまった。
「そうだ、な……」
「なんてやつだ……」
 レナード機の目の前に、ブレイバーが傷を負わせたリザウトが転がり込む。
 レナードは、ガスブレードでとどめをさそうとしたが、既に絶命しているとわかったのか、空を切って済ませた。

            ※

「まさに殲滅、だな」
 ソロンの唖然とした声が聞こえた。
 イシュテーンが超振動ロッドを一振りして、腰のマウントラッチに固定した。
「これ……全部オレが……?」
 アストは、樹木の間に横たわったリザウトの屍骸の上にブレイバーを立たせたまま、惨状を見回した。
「あぁ、上出来だ」
 レナードがめずらしくほめ言葉をかけてくれた。
「全部、死んだのかな……」
「君のおかげで、全員が助かった。礼をいう」
 ソロンの声が回線を通して流れてくる、しかしそれはアストの耳に届いてはいない。
 その感触は……リザウトを倒したランサーから伝わってきたそれは明らかに生物のものだった。
 アストは操縦桿を握るその手にべっとりと体液が、血がこびりついているように感じて嗚咽した。
「状況終了。一度帰艦して、再度、洞窟都市内を調査する。各機、撤収行動に移れ」
 ソロンの号令が飛ぶ。
 傷を負った陸戦機たちが、リザウトの屍骸を掻き分けながら洞窟の出口に登りはじめた。
「おい、小僧! いつまでも、突っ立ってないで、撤収だ」
 いつもどおりの高邁さに戻ったレナードからの通信があっても、アストはブレイバーを動かすことができなかった。
「レナードさん、おれ、みんなを守ったんですよね」
「なんだぁ?」
 レナードは、泣きそうなアストの声を聞き、怪訝に感じたのだろう。
「泣く暇があったら、歩け!」
  レナードの陸戦機は、アストを突き放すように、背を向けた。
「おい大将。いつのまに、スタンドアローンにシフトダウンしたんだ」
 隣にいたアクティブドールからドミンスキーが、面食らったように訊いてきた。
「え?」
 アストは、自分でも気がつかなかったが、すでにレバー操作でブレイバーを操っていた。
「アストくん」
 アストが呆然と見ていたメインモニターに、ソロンの映像が出る。個別回線のマークが点滅していた。
「良くやった。君は立派なサブジェクターだよ」
 ソロンは、軽い微笑を湛えているように見えた。
「そ、そんなこと……」
「これからも、頼むぞ。君を待ち望む人々がいる限り」
「待ち望む、人々?」
「そうだ。マギャリーは……いや、市民たちは、アストくんの力に希望を託すだろう」
 アストはソロンが言った『市民』という台詞に、三度、装竜機を操れてしまった事の重大さを痛感するのだった。
「おれが、希望……」
「ブレイバーをこうも操れるのは、君だけだ。ただし、どう生きるのか決めるのは、君自身だがね」
 ソロンはそう言うと、イシュテーンの背を見せて歩き出した。
「おれ自身が決めること……なんのための力、か……」
 アストは胸のペンダントを握り締めた。
 だが、謎のドラゴンの感覚も現れなければ、父バレスの声も聞こえてこなかった。
 出口に向かって登攀する装竜機と陸戦機の小さな行軍には、重々しい空気が漂っていた。
 アストは、ブレイバーが手にしているフラッシュランサーを杖にすると、あとに続いた。
 洞窟を出ると、赤い枝葉で覆われた空から、メタルストームの赤い塵が舞い降り始めていた。
 アストには、ディープグリーンの上空の大気が、装竜機たちとリザウトの戦いを見終えて、止めていたメタルストームを再び吹きはじめたように思えた。

   以上 第三話「過去からの呼び声」


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